標高わずか273.6メートルという低山ながら、日本が誇る5つの世界遺産を一度に拝める奇跡のスポットがあることをご存じでしょうか。奈良県王寺町に位置する「明神山(みょうじんやま)」が今、歴史ファンやハイカーの間で熱い視線を浴びています。2019年7月には町が三角形のユニークなパンフレットを制作し、その魅力を「取扱説明書」のように紹介したことで、SNS上でも「これほどコスパの良い山はない」「歴史の教科書が目の前に広がる」と大きな話題を呼んでいるのです。
登山口は静かなニュータウンの一角に突如として現れる赤い鳥居が目印です。山頂までの道のりは舗装されており、2019年11月21日現在、初心者でも片道約40分で気軽に歩けるコースとして親しまれています。山頂にはかつて農業の要であった伏流水を祀る「水神社」が鎮座しており、その周囲を取り囲むように整備された展望デッキからは、360度の大パノラマが私たちを待ち構えています。
まず北東を仰げば、古都の象徴である「東大寺大仏殿」の屋根が確認でき、これが1つ目の世界遺産「古都奈良の文化財」です。視線を移せば「法隆寺地域の仏教建造物」、さらに遠くには比叡山延暦寺を含む「古都京都の文化財」が。南東には「紀伊山地の霊場と参詣道」の一部である大峰山脈が連なり、西側には2019年に登録されたばかりの「百舌鳥・古市古墳群」が街の中に浮かび上がります。まさに、日本の歴史を俯瞰(ふかん)する、つまり全体を高い所から見渡す贅沢なひとときを過ごせるでしょう。
江戸時代のブーム再来?「国見」の聖地としての顔
この地を愛した著名な考古学者、故・菅谷文則氏は、明神山をかつての令制国を一度に眺められる「十国国見台(じゅっこくにみだい)」と称賛しました。国見とは、高い場所から国の様子を眺めてその繁栄を祈る古代からの重要な儀式です。北に位置する高安山とともに、かつては大阪湾を監視する防衛の要衝であった可能性も指摘されており、この山が単なる展望台ではなく、日本の安全保障を支えた視点であったことが伺えます。
歴史を遡ると、1830年ごろの「おかげ参り」ブームの際には、山頂に「送迎(ひるめ)太神宮」が建立され、空前の賑わいを見せたといいます。当時はお札が降ってきたという伝承から、伊勢神宮に並ぶ聖地として茶屋や薬屋まで並んだそうです。わずか半年で取り壊されたという悲運の歴史もありますが、現在も参道に残る石灯籠には当時の大阪商人や役者の名が刻まれており、かつての熱狂を今に伝えています。
現代において、この眠っていた資産を掘り起こしたのは2014年からの王寺町の尽力です。樹木を伐採して眺望を確保し、測量データに基づいた詳細な案内板を全方向に設置するという、自治体としては珍しいほど「攻め」の姿勢でPRを行っています。その結果、2019年8月までの1年間で登山客数は約7万人に達しており、地元の日常に溶け込んだ低山が、今や全国区の観光スポットへと変貌を遂げようとしています。
筆者としては、これほど手軽に「日本の骨格」を感じられる場所は他にないと考えます。高層ビル群と古代の古墳、そして鉄道や飛行機が交差する景色は、単なる自然美を超えた「時間軸の重なり」を感じさせてくれます。住宅街のすぐそばに、これほど一級品の歴史的価値が隠れていることこそ、奈良という土地の奥深さではないでしょうか。日常を離れ、悠久の時に思いを馳せるには最高の場所といえるはずです。
コメント