延命治療と栄養補給の真実とは?後悔しない最期を迎えるための「家族会議」と意思表示の重要性

人生の幕をどのように下ろすかという問いは、私たちが避けて通れない大切なテーマです。2019年12月13日現在、年間130万人以上が亡くなる「多死社会」を迎えた日本では、本人の尊厳を守りつつ、家族が納得できる最期をどう実現するかが切実な課題となっています。

特に見落とされがちなのが、食事を摂れなくなった際の「栄養補給」の選択です。多くの人が人工呼吸器の有無には関心を持ちますが、点滴などの栄養補給も立派な延命治療であるという事実はあまり浸透していません。この選択が、その後の生活場所や寿命を大きく左右することになります。

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栄養補給の方法が「終の棲家」を左右する現実

埼玉県に住む56歳の女性は、87歳の父親を病院で亡くした経験に今も胸を痛めています。2019年の夏、父親は誤嚥(ごえん)性肺炎で救急搬送されました。誤嚥性肺炎とは、食べ物や唾液が誤って気管に入り、細菌が繁殖して肺に炎症が起きる病気で、高齢者にとっては命に関わる重大な疾患です。

自力で食べられなくなった父親に対し、女性は「中心静脈栄養」を選択しました。これは鎖骨付近の太い静脈にカテーテルを通し、高カロリーの輸液を直接注入する方法です。一時的に容体は安定しましたが、長期入院ができない病院の仕組みから転院を余儀なくされてしまいます。

介護施設への入居を希望したものの、多くの施設では管理が容易な「胃ろう(お腹に穴を開けて直接胃に栄養を流し込む処置)」を条件として提示されました。結局、適切な受け入れ先が見つからず、父親は病院で孤独に旅立つこととなったのです。SNS上でも「施設側の事情で治療方針を決めざるを得ないのは悲しい」といった共感の声が広がっています。

欧米との文化の違いと「枯れるような最期」

奈良県の秋津鴻池病院の平井基陽会長は、欧州には「食べられなくなったら人生の終わり」という考えが根付いていると指摘します。一方、日本では「少しでも長く」と願うあまり、過剰な栄養補給が体に負担をかけてしまうケースも少なくありません。

体力が低下した状態では、吸収しきれない水分が浮腫(むくみ)や痰(たん)の原因になることもあります。あえて栄養を絞る「末梢静脈栄養(手足の血管からの点滴)」を選ぶことは、本人の苦痛を和らげ、穏やかな旅立ちを準備する一つの選択肢となり得るのです。

日本看取り士会の柴田久美子会長によれば、2012年の設立以来、多くの人が「自宅での最期」を支援されてきました。水分を最小限に抑えることで、おむつ交換などの介護負担も減り、まるで枯れるように美しく逝く姿に、家族が「幸せな最期だった」と感謝する事例も増えています。

2019年12月16日から始まる救急現場の新しい運用

2019年12月16日からは、東京消防庁において画期的な運用が開始されます。これまでは救急車を呼ぶと一律に蘇生処置が行われてきましたが、今後は家族の同意と医師の確認があれば、現場で蘇生や搬送を中止できるようになります。

「救急車を呼んだら望まない延命が始まってしまった」という後悔を防ぐためにも、元気なうちから自分の意思をノートに記しておくことが不可欠です。東京女子医大の渡辺敏恵医師らが推奨する「私の生き方連絡ノート」のように、具体的な処置の希望を書き留めるツールを活用しましょう。

私は、死を語ることは「どう生き抜くか」を語ることだと考えます。60歳を過ぎたら、縁起が悪いと遠ざけるのではなく、愛する家族に自分の願いを伝える「家族会議」を始めてみてはいかがでしょうか。それこそが、残された人々への最大の贈り物になるはずです。

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