ロボットの活躍の場は、いまや物流倉庫や飲食店にとどまらず、果ては宇宙空間にまで広がっています。こうした最先端ロボットの開発を牽引する日本のスタートアップ企業をたどっていくと、ある一つの研究室へと行き着きます。それこそが、東京大学の情報システム工学研究室、通称「JSK」です。彼らの圧倒的な技術力は、あの米グーグルが認めるほどの折り紙つきとして知られています。今回は、世界のテクノロジー界が注目する「東大ロボ集団」の熱い実態へと迫りましょう。
東京・目黒にある宇宙ロボットスタートアップの「GITAI(ギタイ)」の開発拠点では、まるでSF映画のような近未来の光景が日常となっています。武骨な胴体と2本の腕を持つロボットが、ジッパーを器用に開けて中身を取り出し、手先で精密にスイッチを操作しているのです。2016年に創業された同社が目指すのは、地球からの遠隔指示によって国際宇宙ステーション(ISS)などで作業を代行するロボットの実用化であり、宇宙航空研究開発機構(JAXA)とも共同研究を進めています。
宇宙飛行士の訓練やロケットでの輸送には、莫大なコストが必要となるため、宇宙でのロボット需要は極めて大きいといえます。2019年にこのGITAIへ参画した中西雄飛最高執行責任者(COO)は、「今度こそ、しっかりビジネスにする」と熱い決意を語ります。実は、中西氏の言葉にある「今度こそ」という響きの裏には、日本のロボット開発史に残る大きな栄光と、それに続くあまりにも深い挫折のストーリーが隠されているのです。
時計の針を、今から7年前の2013年へと戻してみましょう。当時、中西氏が立ち上げたばかりのロボットスタートアップ「SCHAFT(シャフト)」が、米グーグルに買収されるという衝撃的なニュースが世界を駆け巡りました。災害救援用の二足歩行ロボットを開発していたシャフトは、設立からわずか1年半という驚異的なスピードでの大躍進でした。実績の乏しい日本の無名企業がグーグルの傘下に入り、最前線に立つ姿は多くの人々に衝撃を与えました。
このシャフトの創業メンバーこそが、東大助教だった中西氏や浦田順一氏をはじめとする「JSK」の精鋭たちだったのです。稲葉雅幸教授が率いるJSKには、大学生と大学院生の約50人が在籍し、ヒト型ロボットの本体開発や、これらを制御するソフトウェアの研究に日々没頭しています。SNSなどでは「JSK出身の技術者は本当に優秀な人ばかりだ」「世界に誇れる日本の誇り」と、その技術力の高さを称賛する声が以前から絶えません。
グーグル買収時はまさに絶頂期であり、中西氏はJSKの優秀な仲間たちを次々とチームに呼び寄せ、万全の布陣を整えました。しかし、激しいテック業界において幸運は長くは続きません。ロボット事業を主導していたグーグル側の幹部が退社したことをきっかけに、事業は縮小の道をたどります。一時は売却の手がかりも模索されましたが実現には至らず、ついに撤退が決定。成果を世に出せないまま、2018年にシャフトは解散という苦い結末を迎えたのです。
しかし、JSK出身者たちの胸に灯る「ロボット魂」は、これしきの挫折で消え去るような柔なものではありません。中西氏だけでなく、多くの天才たちが新たなスタートアップへと散らばり、再び立ち上がっています。例えば小倉崇氏は、2019年に元シャフトの仲間3人で「スマイルロボティクス」を設立し、レストラン向けの自動下膳ロボットを開発中です。確実に世に役立つものを作ろうという不屈の精神が、彼らを突き動かしています。
論文よりも「動くロボット」を!世界を変える強固な開発者コミュニティ
また、畑尾直孝氏はオフィスを自動巡回する警備ロボットの「SEQSCENSE(シークセンス)」へと移籍し、高度な制御ソフトの開発を担っています。近年のトレンドである人工知能(AI)のスタートアップへと転身し、ロボットとAIの融合という未知の領域へ挑む人材も後を絶ちません。このように、一度は世界のトップ企業の荒波に揉まれて失敗を経験したからこそ、彼らの「確実に社会へ実装する」という意志はより強固なものへと昇華されています。
実は、JSK発のスタートアップの源流はさらに古く、2011年に創業されたロボット制御の「MUJIN(ムジン)」や、受託開発を行う「キビテク」が先駆者として存在します。MUJINを共同創業したデアンコウ・ロセン最高技術責任者(CTO)は、「起業にはJSKの環境がベストだった」と言い切ります。それまで彼がいたアメリカの有名大学とは異なり、JSKの学生たちは論文や学会発表のためだけでなく、「とにかくロボットを動かす」という共通の目的のために一丸となって協力していたからです。
ロボットをビジネスとして社会に普及させるハードルは、私たちが想像する以上に高いものです。単に技術を愛するエンジニアだけでなく、優れた経営手腕を持つビジネス人材の確保や、JSK発の企業同士の横の連携も今後の大きな鍵を握るでしょう。私は、こうした泥臭くも情熱的な挑戦の積み重ねこそが、未来の日本の産業を再び輝かせる原動力になると確信しています。彼らが仕掛ける和製ロボットの逆襲劇から、今後も目が離せません。
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