今では誰もが知るワイン専門店「エノテカ」ですが、その記念すべき第1号店が東京の広尾に誕生した背景には、知られざる情熱と苦労の物語がありました。創業者である広瀬恭久氏が1号店の場所に選んだ広尾は、数多くの外国大使館が集まる国際色豊かな地域です。当時からワインをケース単位で購入するような外国人や、トレンドに敏感な日本人が多く暮らしていました。周辺の有名スーパーマーケットがワインを驚くほど売り上げていたこともあり、この地には確実な需要があると確信したそうです。
しかし、1989年9月のオープンにこぎ着けるまでには、想像を超える巨大な壁が立ちはだかりました。当時は法律による酒類販売の規制が非常に厳しく、新しくお店を開いてお酒を売ることが実質的に不可能な時代だったのです。既存の小さな酒屋さんを守るための制度でしたが、これから挑戦しようとするベンチャー企業にとっては大問題でした。税務署に足を運んでも門前払いされ、一時はショップを開く夢を諦めかけるほどの絶望を味わったといいます。
そんな窮地を救ったのは、ある税務職員がこっそり教えてくれた「自社で直接輸入したお酒であれば販売許可が下りる」という目から鱗の裏ワザでした。このアドバイスをきっかけに、当初の計画を変更してワインの直輸入を決意します。1989年3月に無事免許を取得し、まずは卸売りからスタートしました。ピンチをチャンスに変える柔軟な発想力こそが、ビジネスで成功するために最も必要な要素だと、彼らの行動から深く実感させられます。
そして迎えた1989年9月の開店初日、緊張の中で夫婦揃って迎えた最初のお客さまは、なんとインド人のご夫妻でした。どのような銘柄を提案しようかと身構える広瀬氏に対し、ご夫妻から飛び出した言葉は「カレーはありませんか」という予想外の質問です。併設されたレストランにカレーがないと分かると、残念そうに帰られてしまいました。張り詰めた空気が一気に和み、夫婦で大笑いしたというエピソードは、SNSでも「可愛すぎる」「最高のスタート」と話題を呼んでいます。
午後を過ぎると、噂を聞きつけたワイン愛好家が次々と押し寄せ、お店は大繁盛となりました。実は、規制を突破するために渋々始めた「ワインの直輸入」という選択こそが、その後のエノテカの圧倒的な強みへと変わっていきます。中間の流通業者を挟まないため、ライバル店よりも15%から20%も安い価格で高級ワインを提供できたのです。ピンチの裏には必ず大きなチャンスが隠れているということを、この歴史が証明しています。
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