2019年1月、イタリア・ピエモンテ州の冷涼な空気の中で、私はワインが持つ「時間」の重みを肌で感じる特別な体験をしました。訪れたのは名門ワイナリー「パオロ・スカヴィーノ」。そこで当主の娘であるエンリカさんが披露してくれたのは、なんと新築時に壁の中に埋め込むという、この地が誇るロマンチックな風習が生んだ逸品でした。改装中の壁から姿を現したのは、1971年産のヴィンテージ・バローロです。半世紀近い歳月を壁の中で静かに眠り続けてきたそのボトルは、まさに歴史の証人と言えるでしょう。
バローロとは、イタリア・ピエモンテ州で造られる「ワインの王」と称される最高級赤ワインのことです。ネッビオーロというブドウ種から造られ、長期熟成に耐えうる力強い骨格が特徴となります。この時、壁から見つかったのはわずか22本。世界中を探してもここにしかないであろう究極の希少品を、彼女は惜しげもなくランチの席に並べてくれました。戸惑う私に彼女は「ワインは分かち合うためのもの」と微笑んだのです。その深い慈愛に満ちた言葉と味わいに、思わず目頭が熱くなるのを禁じ得ませんでした。
SNS上でも「ワインには作り手の人生が詰まっている」「1971年のバローロを振る舞うなんて、最高のおもてなし」といった、エピソードへの感動の声が数多く寄せられています。ワインは単なるアルコール飲料ではなく、その土地の風土や造り手の情熱、そして積み重ねられた年月を愛しむための特別なツールなのです。私はこうしたワインに宿る「愛と笑顔」を日本中に広めたいという一心で、1988年にエノテカを設立しました。一本のボトルを囲むだけで、その場の空気が華やぐ魔法を信じていたからです。
規制から生まれた独自のビジネスモデル
現在、エノテカは日本国内に65店舗、上海や香港などのアジア圏に17店舗を展開し、卸売からネット通販までを一貫して手掛けています。実は、このように多角的な運営を行う形態は世界的に見ても極めて珍しいモデルなのです。しかし、このオリジナリティは最初から意図したものではなく、創業当時の厳しい規制を乗り越えるための「苦肉の策」から生まれました。当時は酒類販売の免許取得が非常に困難で、新規参入の壁が立ちはだかっていたのです。
当時の日本のルールでは、自ら輸入したワインであれば販売が認められるという道がありました。そこで私は自ら海外へ飛び、輸入業と小売業を同時にスタートさせる決断を下したのです。この挑戦が功を奏し、フランス・ボルドーの名門「シャトー・ラトゥール」をはじめとする超一流の生産者たちと直接絆を結ぶことができました。彼らとの厚い信頼関係により、今では「ムッシュ・ヒロセ」という愛称で世界のワイン業界に迎え入れていただけるようになったことは、私の誇りです。
エノテカが産声を上げた30年前、日本でのワインは数万円もするような贈答品としての需要が中心で、日常の食卓とは程遠い存在でした。しかし、粘り強くその魅力を伝え続けた結果、現在ではカフェやレストランでカジュアルにグラスを傾ける光景が日常に溶け込んでいます。こうした文化の醸成に、私たちが果たした役割は小さくないと自負しています。ワインが身近になった一方で、昨今のアジア圏での需要拡大による価格高騰など、経済の波がワインにも押し寄せているのは事実です。
私は、ワインビジネスを通じて世界経済の変遷を見つめてきました。ワインの奥深さは、単に味の良し悪しだけでなく、その背景にある社会情勢や歴史を映し出す鏡である点にあります。これまでの半生を振り返ると、常にワインと共にあり、その複雑な魅力に魅了され続けてきました。私の経験が、少しでも皆さんがワインの扉を叩くきっかけになれば幸いです。ワインは時を重ねるほど熟成するように、私たちの人生もまた、一杯のグラスによってより豊かに熟成していくものだと確信しています。
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