まもなく米国の景気拡大は、驚くべき節目を迎える見込みです。2019年7月には、戦後最長となる11年目に突入することが、今後の経済指標によって確認される見通しでしょう。この力強い経済成長は、他の先進国と比較しても際立っています。しかし、その華々しい記録の裏側で、多くの米国国民が経済に対して抱く不安や不満は、依然として解消されていません。さらに、次の景気後退や金融危機が訪れた際に、適切に対処できるだけの政策の余地が乏しいという懸念も残されています。
この長期的な拡大局面は、2008年の金融危機とその後の景気後退を経て、2009年7月にスタートいたしました。当初は、大規模な財政刺激策と金融緩和策が基盤となり、民間の経済活動や企業の財政状態が回復するきっかけを作ったのです。特に、新たなIT(情報技術)プラットフォーマーと呼ばれる企業群が、この景気拡大を強力に牽引しています。その結果、米国の失業率は約半世紀ぶりの低水準に達し、実質的な経済成長率も一時的に年率3%台を記録するなど、欧州や日本といった他地域の低迷とは一線を画す勢いを見せているのです。
米国経済のこの強さは、トランプ政権が高関税といった保護主義的な措置を打ち出すなど、国際貿易において強硬な姿勢を取る上でのよりどころとなっています。これまで米国は、欧州連合(EU)の存続を脅かした欧州債務危機や、中国経済の減速といった海外からの逆風を乗り越えてきました。しかし国内に目を向ければ、オバマ前政権時代から、議会の党派対立によって予算案の合意が難航し、政府機関が一時閉鎖に追い込まれるなど、政治的な混乱が成長を促進する政策の成立を阻んできました。その結果、金融政策が「唯一の選択肢」となり、米連邦準備理事会(FRB)の政治的な干渉を受けやすくなっているという問題が生じています。
専門家の間では、この10年間、米国経済は低成長が常態化した「ニューノーマル」と呼ばれる状態にあったとの認識が根強くあります。そのため、米国国民の間には、経済的な低迷や潜在的な脆弱さに対する感覚が拭い切れていません。FRBが行った世論調査によれば、米国の成人のおよそ半数が、400ドル(記事制作時のレートで約4万3千円)程度の突発的な出費をまかなうだけの貯蓄がないと回答しており、家計の自己防衛が十分に進んでいない現実が明らかになっています。
こうした状況下で、米国国民の制度や公的機関、そしてリーダー層に対する信頼が極めて低いままであるのは、無理もないことでしょう。収入や財産、機会の格差拡大が深刻化していることも重なり、経済的な不満や政治への怒りは収まる気配が見えません。さらに、テクノロジーとグローバル化の進展が、雇用を破壊するのではないかという懸念を煽り続けています。その結果、米国以外の多くの国々は、もはや米国が貿易や国際金融におけるアンカー役(安定を保つ中心的な役割)を果たしていないと感じ始めているのです。
景気拡大の維持に必要な処方箋とは
現在の景気拡大局面は、これまでの時期と異なり、将来の経済的・財政的な問題に対処するための十分なバッファー(緩衝材)が築かれていないという大きな特徴があります。金融政策面では、FRBの政策金利の引き下げ余地はすでに限定されており、財政面においても、財政当局者が迅速に行動するとしても、財政赤字は高水準にあります。これまでの金融緩和や財政出動といった刺激策だけに頼って経済を支え続けることには限界が見えているため、景気の拡大を持続させるためには、細心の配慮が不可欠となるでしょう。
この記事の筆者の一人である藤井彰夫編集委員は、長期的な景気拡大にもかかわらず、国民の経済に対する不安が解消されない現象は、日本や欧州を含む先進国に共通する構造的な問題だと指摘しています。その背景には、AI(人工知能)やIoT(あらゆるものがインターネットにつながる技術)といった第4次産業革命に伴う将来の雇用や格差拡大への不安があるでしょう。従来の経済政策が効きにくい中で、こうした人々の不安に、既存の政治家や公的機関が十分に対処できていないと感じられているのです。
アリアンツのチーフ・エコノミック・アドバイザーであるモハメド・エラリアン氏は、政策立案者、特に米議会は、市場でリスクが顕在化する可能性を最小限に抑えつつ、成長を促すための対策を講じるべきだと強く提言しています。具体的には、インフラを改善するための的を絞った投資が必要でしょう。また、政策立案者やエコノミストは、社会的に弱い立場の人々への保護を拡充するなど、経済成長の恩恵をどう分配するかについて、より敏感になる必要があると述べています。
さらに、企業もまた、2008年の金融危機後に銀行が直面したような状況を回避するため、社会的な責任をより積極的に引き受けるべきです。すでに、巨大IT企業に対して規制強化を求める声が高まっているのも、その表れでしょう。そして最も重要な点として、米国は貿易面において国際システムのアンカー役にとどまらなければなりません。もしその役割を放棄すれば、世界経済における米国の発言力や影響力は低下していくことになります。
米国がまもなく戦後最長の景気拡大を祝うことになるのは確実ですが、この素晴らしい記録の陰に潜む未解決の問題から目を背けてはならないのです。世界が最も避けたいのは、足元の好景気が、金融不安の増大や国境を越えた国家間の緊張の高まりに取って代わられてしまう事態でしょう。この第4次産業革命の先頭に立つ米国が、グローバル経済にもたらす人々の不安をどう解消するのか、その指導力と構想力が今、世界から問われているのです。この貴重な意見は、Project Syndicateから提供されたものです。
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