アジア開発銀行の児玉治美さんに学ぶ!管理教育の息苦しさを飛び越え「自分らしさ」を開花させた米国留学の軌跡

2020年02月04日、日本を代表するグローバルリーダーの若き日の葛藤が明かされました。国際金融機関であるアジア開発銀行(ADB)の駐日代表を務める児玉治美(こだまはるみ)さんです。アジア開発銀行とは、アジア・太平洋地域の貧困をなくし、経済的な成長を支えるために設立された国際的な銀行のことです。現在、そんな大舞台で活躍する児玉さんですが、その原点は小学校4年生から6年生まで過ごした米国ミシガン州での生活にありました。

心臓外科医だった父親の研修に伴い、家族で海を渡った児玉さんを待っていたのは、日本とは180度異なる教育環境でした。渡米当初は言葉の壁にぶつかったものの、わずか半年で英語をマスターしたそうです。何より彼女を驚かせたのは、暗記中心の日本式授業とは違い、自ら調べて発表する米国の主体的な学習スタイルでした。この経験が、もともと内気だった彼女のなかに「自分で考えて表現する楽しさ」を植え付け、人生を大きく変えるきっかけとなったのでしょう。

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帰国後の葛藤と「良妻賢母」への違和感

しかし、小学校6年の途中で帰国した児玉さんを待ち受けていたのは、当時の厳しい管理教育でした。自己主張を大切にする米国流が身に付いた彼女にとって、理不尽な校則や体罰が残る日本の学校は、まるで監獄のように息苦しい場所に映ったに違いありません。ネット上でも「当時の理不尽な校則に苦しんだ記憶が蘇る」「自分を貫いた強さがすごい」と、多くの共感の声が寄せられています。異文化のギャップに苦しむ姿は、いつの時代も人々の心を揺さぶるものです。

地元の名門である鹿児島県立鶴丸高校に進学してからも、周囲との溝は深まるばかりでした。自由を求めて入学したものの、そこにあったのは「女性は良妻賢母であるべき」という古い価値観だったのです。良妻賢母とは、夫にとっては良い妻であり、子どもにとっては優しい母親であるべきだという、かつての理想的な女性像を指します。さらに父親からは、跡を継いで医師になるよう求められ、児玉さんは自分の居場所を完全に失ってしまいました。

衝動的な家出、そして救いの手を差し伸べた両親の決断

高校1年の夏、ついに限界を迎えた児玉さんは衝動的に福岡市へ家出を敢行します。計画のない逃亡は3日目で警察に保護されるという結末を迎えました。面会室の鉄格子越しに大粒の涙を流す母親の姿を見たとき、家族の胸には言葉にできない思いが去来したはずです。ただ叱責するのではなく、娘の苦しみの本質を理解しようとした両親の姿勢には、編集部としても深い感銘を受けます。子どもを一人の人間として尊重することの難しさと大切さを痛感させられます。

両親は日本に連れ戻すだけでは解決しないと悟り、かつて暮らしたミシガン州の高校へ留学させる道を開いてくれました。こうして児玉さんは再び海を渡り、ようやく本当の自分を認められる居場所を手に入れたのです。この劇的な転機が、のちの国際舞台での大躍進へと繋がっていくのでしょう。周囲の目を気にして自分を押し殺してしまいがちな現代において、彼女のように「違和感」を恐れず、自分の翼を広げられる場所を求める勇気を持ちたいものです。

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