フィリピン人男性の伝統的な正装として知られる「バロンタガログ」が、現代の波に乗って鮮やかに生まれ変わり、再び注目を集めています。特に、ミレニアル世代と呼ばれる20代から30代の若い世代を取り込むためのカジュアルなデザインや素材の採用が功を奏し、この伝統産業は勢いを取り戻しつつあるのです。
バロンタガログは、パイナップルやバナナの葉の天然繊維を織り上げた薄くて軽い長袖シャツで、白い生地に施される繊細な手縫いの刺しゅうが特徴的です。これはスペイン統治時代から続く歴史を持ち、結婚式や重要な公の場で着用される、フィリピンの文化を象徴する民族衣装と言えるでしょう。現職のドゥテルテ大統領も、要人との公式会談などでこの衣装を身に付けることが多く、その格調の高さを示しています。
この伝統衣装は基本的にオーダーメードで制作され、価格は1着1,500ペソ(日本円で約3,100円)から、高級なものになると4万ペソ(約8万3,000円)ほどにもなります。伝統的なバロンタガログの刺しゅう産業が集積しているのが、「刺しゅうの首都」とも称されるマニラ南東部のラグナ州ルンバンです。かつてマルコス独裁政権時代には政府の保護を受けて隆盛を極めましたが、その後、一時的な陰りも見られました。
現在、ルンバンには約500カ所の刺しゅう工房が存在しています。そのうちの一つである工房を訪れると、熟練の女性職人たちが、薄い生地に手際よく針を通し、見事な図柄を縫い上げている様子が確認できました。伝統を守るため、ミシンを使わずに極力手縫いにこだわるのがこの地の流儀です。複雑な図柄の場合、1着を仕上げるのに1カ月もの時間を要することもあり、その職人技の継承と維持に、並々ならぬ情熱が注がれていることが窺えます。
しかし、伝統を守る一方で、新たな市場を開拓するための「革新」も進んでいます。そのターゲットこそ、ファッションへの関心が高く、トレンドに敏感なミレニアル世代です。従来の地味な色合いから脱却し、カラフルな色使いや、よりカジュアルなTシャツのような綿素材を取り入れた試作品が積極的に制作されています。ルンバン刺しゅう共同組合理事長のビクトリア・ゴルドベズ氏(2019年6月3日時点)の工房では、30代の若手デザイナーを起用し、刺しゅうのデザインも多様化させているとのことです。
このような新しい取り組みは、フィリピン人デザイナーの間にも広がりを見せています。例えば、ラホ・ラウレル氏は、伝統的なデザインにネクタイを組み合わせるという斬新なスタイルを提案し、若いモデルを起用することで話題を呼んでいます。また、パティス・テソロ氏は、バロンタガログの素材や技術をブラウスのようなカジュアルな女性服に応用するなど、その可能性を広げています。
こうしたデザイナーによる作品が若い顧客の目に留まることで、オーダーの傾向は劇的に変化しました。今や、伝統的なデザインの注文は全体の3割以下となり、ミレニアル世代を意識した新しいデザインが7割以上を占めているといいます。バロンタガログの正確な生産量に関する統計は存在しないものの、ルンバンの工房の活況ぶりを見れば、その需要が着実に伸びていることは明らかでしょう。この伝統衣装が、現代のライフスタイルに溶け込み、ファッションアイテムとしての魅力を増している証拠だと思います。
この再興の背景には、SNSでの拡散力も無視できません。若いデザイナーやモデルが斬新なバロンタガログを着用した写真をインスタグラムなどのプラットフォームに投稿することで、その魅力は瞬く間に若い世代に届き、#BarongTagalogといったハッシュタグと共に大きな反響を呼んでいることでしょう。伝統を守りつつ、時代のニーズに応える柔軟性が、この民族衣装を「古くて堅苦しいもの」から「新しくてクールなもの」へと変貌させていると私は考えます。
一方で、伝統産業の宿命として、職人のなり手が減少しているという課題も一部の工房で顕在化しています。しかし、技能の継承に向けた取り組みも始まっており、ルンバンの小学校では、刺しゅうの基本的な技術を教える授業を設けるなど、若い世代の関心を呼び起こす努力が続けられています。顧客としてだけでなく、未来の担い手としても若い世代を育てるという、サステナブルな視点に基づいた活動は、この文化を未来へ繋ぐために非常に重要でしょう。
伝統的な製法を守る職人の技と、若手デザイナーによる革新的なアイデアが融合することで、フィリピンの誇る民族衣装バロンタガログは、力強い再興の道を歩み始めています。この動きは、他の伝統産業にとっても、時代に適応し、新たな市場を開拓するためのヒントとなるに違いありません。
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