京都・大阪・奈良の三府県にまたがる広大な「関西文化学術研究都市」、通称「けいはんな学研都市」が、今、国際的なイノベーションの拠点としてその存在感を増しています。この学研都市は、1987年の建設促進法に基づき整備が始まり、現在では約140もの企業や研究機関が集積しています。特に、人工知能(AI)や脳科学、ロボティクスといった最先端の分野に強みを持つ研究者や研究拠点が集中しているのが大きな特色と言えるでしょう。国立機関が多い茨城県の筑波研究学園都市とは異なり、けいはんな学研都市は民間企業の研究開発拠点の多さが際立っており、その成果として、商品化・産業化を目指した民間企業との共同研究の件数が2017年度には731件と、2011年度に比べ1.4倍に増加しているのです。
この活発な研究環境をさらに加速させるため、学研都市の中核を担う国際電気通信基礎技術研究所(ATR)が、海外の公的機関との連携を強化しています。その背景にあるのは、まさに「スピード感」の重視です。ATRの鈴木博之専務は、「今の世の中はスピードが大事で、すべてを自前でやると、時間もリソースもかかりすぎる」と指摘しており、自社の「コア技術」は守りつつも、必要な技術を外部から柔軟に取り込む「オープン&クローズ」戦略の重要性を強調しています。この戦略は、国内外の研究リソースを最適に組み合わせ、世界に通用する革新的な成果を迅速に生み出すための、非常に合理的なアプローチであると私は考えます。
具体的な国際協業の事例としては、まず2019年1月にイスラエルの政府機関と連携協力の覚書を締結したことが挙げられます。イスラエルといえば、特にスタートアップ企業のエコシステムが非常に発展しており、脳科学など最先端技術の宝庫として知られていますね。この連携を通じて、ATRは現地企業が持つ技術の橋渡し役を担えるようになりました。その早速の成果として、空調機メーカーの木村工機(大阪市)による新しいオフィス向け空調システムの実証実験が始まっています。
木村工機が目指すのは、温度や湿度だけでなく、照明も調整して省エネと作業効率を両立させるシステムです。この実験において、心拍数や血流から人のリラックス度合いを把握する独自の技術を持つイスラエルのスタートアップ企業、エレガント・モンキーズ社が協力しており、同社開発のリストバンド型測定機器が活用されているようです。木村工機の住田章夫最高顧問も、「空調が人間に与える影響を計測する実証実験の環境が整い、自社にない測定技術を持つ企業もある」と、学研都市の環境と国際連携のメリットを高く評価しています。
ATRの国際連携はイスラエルだけに留まらず、2019年に入ってから立て続けに3件の協定を締結しました。イスラエルに続き、米ニューヨークの創業支援を手がけるアクセラレーター、そしてカナダ国立研究機構(NRC)とも連携協定を結んでいます。特にカナダは、ロボティクスやAI、脳科学といったATRが得意とする分野において、非常に強みを持っている国です。この連携に基づき、ATRは2019年夏にもカナダのスタートアップ企業5社を招致し、学研都市の企業との交流イベントを開催するなど、具体的な共同研究を後押しする計画でいます。
学研都市では、既にさまざまな企業や研究機関との連携による実用化が進められています。たとえば、精華町に拠点を置くプロキダイや大学の研究者と連携する島津製作所は、食事中や運動中の人の感情を、表情筋の動きからリアルタイムに読み取り数値化する研究を進めています。これは、集中力を高める教育環境の研究や、アスリートが集中できる条件の解明など、多方面での実用化の可能性を秘めているでしょう。
また、銀繊維を織り込んだウエアラブル端末、つまり体に装着して生体情報を計測できる機器を手掛けるミツフジ(精華町)は、ワコールと連携し、心拍数などの生体情報を計測できるウエアラブルブラジャーを共同開発し、2019年7月にも販売を開始する予定です。このような国内連携の成果をさらに高めるためにも、海外連携は不可欠なステップとなります。
海外との共同研究が軌道に乗れば、そこから海外の企業や研究者が集まり、事業化に向けた資金支援も期待できるでしょう。ATRは、スタートアップと投資家をつなぐ「ピッチイベント」への参加支援なども視野に入れています。「世界のイノベーションハブ」を目指すけいはんな学研都市は、イスラエルのスタートアップ企業がニューヨークの投資家と結びついたり、カナダの中小企業がアジアの企業の研究と結びついたりといった、国境を越えた協業の「仲介役」として、その存在感を高めていくことになるでしょう。その動きは、日本の技術革新に新しい風を吹き込むものになると私は確信しています。
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