2019年6月7日時点で、地球温暖化対策の国際的な枠組みである「パリ協定」を実現するため、2050年までに世界の温暖化ガス排出量を半減させるという目標に向けた各国の戦略議論が、非常に活発化しています。特に、ドイツが50年までに実質半減という意欲的な目標を掲げる中、日本も「50年に80%削減」と「21世紀後半のできるだけ早い時期の実質排出ゼロ」を目指して具体的な動きを見せているのです。このきわめて厳しい目標を達成するためには、何よりも技術革新、すなわちイノベーションが不可欠であると言えるでしょう。
政府は、長期戦略の中で、次世代太陽光発電や二酸化炭素(CO2)地下貯留(CCS)、そして水素といった、将来的なイノベーションが期待される有望な技術分野をリストアップしました。このような技術の特定は、企業や研究機関に対し、どの分野に注力すべきかという明確なメッセージを送ることになるため、重要なステップであると考えられます。ただし、この戦略を実行する上で、私たちが次に考えるべきは、より具体的な戦術の部分ではないでしょうか。
もちろん、政府のリストは網羅的ではありますが、かつて技術的なボトルネックとなっていた要素技術の改良が急速に進み、一気にブレイクスルーする「隠れた技術」が存在しないとは言い切れません。たとえば、今から30年前に、現在のスマートフォン(スマホ)の性能や、それを活用する私たちのライフスタイルを正確に予測できた人は、ほとんどいなかったでしょう。また、蛍光灯から発光ダイオード(LED)へと照明技術の主流が一気にシフトした事例のように、有力な代替技術が想定よりも早く市場に普及し、それまでの優れた技術が急速に陳腐化してしまうケースも存在するのです。
リサイクルの進展、人口構成やライフスタイルの変化、そしてデジタル化の波によって、エネルギーや資源に対する需要は刻々と変化します。それに伴い、必要とされる技術も変わっていくでしょう。このように、多方面にわたる不確実性があるため、たとえ専門家であったとしても、長期的に見て最適な技術のリストを一つに絞り込むのは、極めて困難であると言えるのではないでしょうか。
限られた経営資源の中で技術開発を効率的に進めるには、「選択と集中」という戦略は確かに有効です。しかし、技術を特定のものに絞り込むことには、大きなリスクも伴います。例えば、クリーンエネルギーとして期待される「水素」が、想定していた通りの低コストで安定的に供給されなければ、政府が描く壮大な「水素社会」の実現は、絵に描いた餅で終わってしまう可能性があります。技術を一つに絞り込みすぎた結果、その技術が頓挫した場合、代替策がなく目標達成が不可能になる恐れがあるのです。
ですから、私は代替技術がすぐに登場できるような仕組み、すなわち目標は明確にした上で「分散投資」の視点を取り入れるべきだと考えます。これは、特定の技術に偏重せず、様々な技術や代替エネルギーに対して機会を与え、健全な競争環境を整えることを意味します。このアプローチこそが、不確実性の高い長期的な技術開発において、柔軟性とリスクヘッジを両立させるカギになるのではないでしょうか。
一方で、技術開発を推進するために、研究開発を担う「人材」の確保も決して忘れてはならない要素です。技術開発には時間を要するのが常であり、たとえば、化石燃料を使用しながらもCO2の排出量を実質的に削減できる「CO2地下貯留(CCS)」という技術が本格的に普及するのは、2030年以降になると想定されています。これは、CO2の回収などで基礎技術の改良が必要であり、大学や研究機関の地道な研究が大きな役割を果たすからです。
しかし、日本の現状では、予算制度における事業計画は長くても5年程度で組まれることが多く、その先に雇用が保障されなければ、優秀な技術者たちは安心して研究に取り組むことができません。これは技術者が長期的な視点を持って研究に没頭する上で、非常に大きな障害となっているでしょう。多様な研究人材が次々とこの分野に参入できるような環境を整備することで、初めてイノベーションも加速すると考えられます。そのため、この技術革新のスピードを阻害しないよう、柔軟な予算制度への手直しも、今後の重要な課題となるでしょう。
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