インドの喧騒の中で、日本の技術が意外な形で社会を支えています。ムンバイのアパレル店で店員がスマートフォンを操作し、QRコード決済を鮮やかに完了させる光景は、今やインドの日常です。しかし、この決済インフラを支えているのが、実は日本を代表する「HITACHI」である事実はあまり知られていません。日立製作所は2014年に現・日立ペイメントサービスを買収し、今やインド全土で膨大な数のATMやPOS端末の運用・保守を担っているのです。
その規模は、私たちの想像を絶するものです。2019年02月時点でのATM運用台数は約6万台に達し、なんと日本のメガバンクとゆうちょ銀行の合計台数をも上回っています。さらに、レジでの支払いを管理するPOS(販売時点情報管理)端末にいたっては、国内コンビニ最大手のセブン-イレブン・ジャパンの20倍以上という圧倒的なシェアを誇ります。これほど巨大な決済網を掌握している日立の姿は、まさにインドにおける「日立銀行」と呼ぶにふさわしい存在感と言えるでしょう。
SNS上でも「日立がインドの金融インフラを牛耳っているなんて驚きだ」「モノづくりからサービスへの転換が本気すぎる」といった驚嘆の声が上がっています。単なる機器の販売にとどまらず、日立は自社ブランドの「ホワイトラベルATM」を展開している点もユニークです。これは、銀行ではない企業が自前で設置・運営するATMのことで、立地の選定から現金の補充予測まで、日立独自の高度なデータ分析システムがフル活用されているのです。
巨大銀行とのタッグと「Lumada」が描くデータ経済の未来
日立の野心は、単なる端末の保守管理だけでは終わりません。2019年01月には、インド最大の国営銀行であるインドステイト銀行(SBI)と合弁会社を設立するという大きな一手を打ちました。SBIは4億2000万人もの顧客を抱える巨大組織であり、この提携によって日立は、誰がいつどこで何を買ったかという、極めて価値の高い決済データを直接分析することが可能になったのです。これこそが、日立が提唱する「Lumada(ルマーダ)」の真髄と言えます。
「Lumada」とは、顧客が持つデータから新たな価値を導き出すためのソフトウェアやサービスの総称です。いわば、バラバラに存在する情報を繋ぎ合わせ、ビジネスに役立つ「知恵」に変える魔法の杖のようなプラットフォームです。日立の東原敏昭社長は、この合弁会社を通じてデータの分析能力を磨き、中小店舗向けのポイントプログラムや、AI(人工知能)を活用した融資の審査支援など、これまでにない革新的なフィンテックサービスの創出を目指しています。
私自身の視点から見れば、この戦略は日立が「製造業」という皮を脱ぎ捨て、世界を舞台にした「ITサービス企業」へと完全に脱皮しようとする決意の表れだと感じます。これまでの「良い製品を作って売る(プロダクトアウト)」という発想から、顧客の悩みから逆算してサービスを構築する「マーケットイン」への転換は、伝統ある大企業にとって容易なことではありません。しかし、インドという爆発的な成長を遂げる市場において、その意識改革は着実に結実しつつあります。
日立は現在、政府や公共機関を支援し、その先にいる市民の利便性を高める「B2G2C」という構想をインドで推進しています。教育やセキュリティ、金融といった国民の生活に直結する領域で、リアルな活動から生まれるデータを収集し、社会課題を解決する仕組みです。GAFAのようなネット上のデータ覇者に対し、日立は「現場のリアルなデータ」で勝負を挑んでいます。2021年度にLumada事業で1兆6000億円という高い目標を掲げる日立にとって、インドはまさに未来を占う最大の実験場なのです。
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