2013年、一人の日本人技術者が大きな夢を抱いて海を渡りました。元東京大学助教の中西雄飛氏は、当時米グーグルの上級副社長だったアンディ・ルービン氏から「20年かけてでも、二足歩行ロボットの夢を実現しよう」という熱い誘いを受けたのです。これが、彼らが立ち上げたベンチャー企業「シャフト」を売却し、世界の頂点を目指すきっかけとなりました。
しかし、ドラマのような成功物語は、2018年に一転して幕を閉じることになります。中心人物だったルービン氏の退社後、グーグルは短期的な収益が見込めないという冷徹な判断を下し、わずか5年で同社を解散させました。この出来事は、巨大テック企業が持つ「非情なまでの効率性」と、技術革新の芽を飲み込んでいく強大な力を象徴する出来事として、SNS上でも「あまりに早すぎる見切りだ」と波紋を広げました。
デジタル時代を席巻する「無形資産」と勝者総取りのメカニズム
21世紀の経済を牽引するのは、もはや巨大な工場や設備ではありません。グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾンといった「GAFA」に代表されるデジタル企業は、データやアルゴリズム、知的財産といった「無形資産」を富の源泉としています。これらは従来のものづくり企業とは異なり、増産のための莫大な追加コストを必要としない「身軽な巨人」といえるでしょう。
無形資産が支配する世界では、利用者が増えるほど情報が蓄積され、サービスの精度が飛躍的に向上する「ネットワーク効果」が働きます。これにより、一度トップに立った者が利益を独占する「勝者総取り」の構図が加速しました。実際に2018年度のインターネット企業309社の調査では、上位5社の売上シェアが73%に達しており、2008年度の55%から大幅に拡大しているのです。
この驚異的な数字は、自動車業界の上位5社が同期間にシェアを47%から42%へ微減させている状況とは対照的です。英インペリアル・カレッジのジョナサン・ハスケル教授も指摘するように、無形資産の台頭こそが勝敗を鮮明に分ける鍵となりました。私は、この「知識の寡占」が、多様な技術の発展を阻害しないかという点に、強い危機感を抱いています。
余りある富が引き起こす「低温経済」と金利への副作用
莫大な利益を上げるデジタル企業ですが、彼らは工場建設のような大規模な設備投資を必要としません。その結果、企業の手元には使い切れないほどの巨額な資金が積み上がっています。2018年度における世界の企業の手元資金は約850兆円(7.9兆ドル)に達し、過去5年間で16%も増加しました。稼いだお金を研究開発や株主還元に回しても、なお余りある状態です。
溢れかえった資金の行き先は、安全資産とされる債券市場に向かっています。例えば、アップルが2019年6月末時点で保有する米国債などは約1900億ドルにのぼり、10年前の7倍という驚くべき規模です。このように企業が「貯蓄過剰」になることで債券への需要が高まり、結果として世界的な金利低下を招く一因となっているのです。これは、経済の教科書を書き換えるほどの変化といえます。
現在、世界の債券の約2割がマイナス金利で取引されるという異常事態が続いています。先進国では投資が鈍り、景気が回復しても物価や金利が上がらない「低温経済」が常態化してきました。富の源泉が「目に見えるモノ」から「目に見えない知恵」へとシフトした今、私たちは既存の経済指標だけでは測れない、全く新しいフェーズに立たされているのではないでしょうか。
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