大手化粧品メーカー「ファンケル」の創業者として知られる池森賢二氏の人生には、実は知られざる苦難と、それを跳ね返した驚くべき「商いの原点」が存在します。1976年(昭和1976年)、自身の経営していた会社が倒産し、池森氏はまさに絶望の淵に立たされていました。莫大な借金を抱え、途方に暮れていた彼に救いの手を差し伸べたのは、クリーニングチェーン「トーアクリート」を経営していた実の兄でした。
「生活費も必要だろう、うちで働かないか」という兄の温かな言葉に甘え、池森氏は再起を誓います。彼に与えられた役割は、顧客を直接訪問して注文を取る「外交」という仕事でした。これは現代で言うところの「訪問営業」にあたりますが、池森氏のアプローチは当時から群を抜いて独創的だったのです。清潔感を第一に考え、白衣に蝶ネクタイという凛とした姿で都営住宅を一軒ずつ丁寧に回りました。
ただ訪問するだけでなく、池森氏は実用的な「定規」を住民にプレゼントすることで、心の距離を縮めていきました。この地道な「草の根活動」が人々の信頼を勝ち取ったのでしょう。SNS上でも「どん底から這い上がる姿勢がすごい」「営業の基本はギブ(与えること)だと再認識させられる」といった、彼の誠実な姿勢に感銘を受ける声が多く寄せられており、時代を超えて共感を呼んでいます。
ニーズを先読みした「集配システム」の誕生
池森氏が真に非凡だったのは、当時の社会情勢を冷静に見抜く力でした。彼は共働きの家庭が増えていることに着目し、不在がちな世帯でもクリーニングを利用しやすい独自の「集配システム」を考案します。これはお客様のライフスタイルに合わせて洗濯物を預かり、届けるという仕組みです。今では当たり前のサービスに感じられますが、1970年代にこれを徹底したことは画期的なビジネスモデルの構築と言えます。
この顧客に寄り添う戦略が功を奏し、注文は瞬く間に急増していきました。寝る間を惜しんで働いた結果、なんと3年足らずで背負っていた借金をすべて完済するという奇跡的な復活を遂げたのです。私は、この「不屈の精神」こそが、後のファンケルにおける顧客第一主義の礎になったのだと感じてやみません。いかなる逆境にあっても、相手の困りごとを解決する姿勢こそが成功への唯一の道なのでしょう。
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