演劇界を長年牽引し続けている劇作家・演出家の野田秀樹氏が、またしても私たちの想像を超える野心作を世に送り出しました。2019年10月に幕を開けた新作演劇『Q:A Night At The Kabuki』は、伝説のロックバンド「クイーン」の名盤『オペラ座の夜』の世界観を舞台化するという、驚きのプロジェクトです。この試みは、実は映画『ボヘミアン・ラプソディ』の大ヒットよりもずっと前、2017年頃から日本文化を愛するクイーンのメンバー自身の意向も受けて動き出していたといいます。
SNS上では「クイーンと野田ワールドの親和性が高すぎて震える」「広瀬すずと志尊淳の瑞々しさに圧倒された」といった絶賛の声が相次いでおり、演劇ファンのみならず音楽ファンの間でも大きな話題を呼んでいます。本作はシェイクスピアの名作『ロミオとジュリエット』の物語をベースに、舞台を日本の源平合戦の時代へと大胆に置き換えた、まさに「奇想天外」なステージに仕上がっています。
伝統技法「見立て」が魔法をかける、ロックと和の融合
本作の核となっているのは、日本の伝統芸能における「見立て」という手法です。これは、あるものを全く別のものになぞらえて表現する、いわば想像力の飛躍を楽しむ技法のことです。例えば、舞台上で舞い飛ぶ白い紙飛行機が、愛を伝える手紙に見えたかと思えば、次の瞬間には不気味な戦闘機の群れへと変貌を遂げます。こうした「見立て」によって、限られた舞台空間に無限の奥行きが生まれるのです。
劇中では、クイーンの名曲たちが物語の感情を増幅させていきます。敵対する家系に生まれた「瑯壬生(ろうみお)」と「愁里愛(じゅりえ)」の悲恋に、『ラヴ・オブ・マイ・ライフ』の切ない旋律が重なり、観客の涙を誘います。また、殺人の場面で流れる『ボヘミアン・ラプソディ』は、英語の歌詞がそのまま登場人物の罪悪感や葛藤とシンクロし、現実と幻の境界線を曖昧にしていく演出が見事です。
かつて劇作家の井上ひさし氏は、野田氏の作風を「江戸文化の正統な継承者」と評しました。バラバラの要素を寄せ集める「吹き寄せ」や、隠されていた正体を明かす「名乗り」といった歌舞伎的な技法を、現代演劇として見事に昇華させているからです。今回の副題に「カブキ」の名を冠したのも、単なるパロディではなく、日本の演劇伝統に対する野田氏の強い自負の表れだと私は確信しています。
無名の戦士たちへ捧ぐ、時を超えた鎮魂のメッセージ
物語は単なる恋愛悲劇に留まりません。志尊淳さんと広瀬すずさんが演じる若き日の二人に加え、上川隆也さんと松たか子さんが「それからの二人」として登場し、運命を変えるために時空を超えて介入します。しかし、物語は次第にシベリア抑留という過酷な歴史の闇へと足を踏み入れていきます。平和な時代に育った野田氏が、一貫して「戦争」をテーマに書き続けてきた執念が、ここでも強く息づいています。
特に印象的なのは、「名を捨てる」という行為の意味を問い直す展開です。名もなき戦士として戦場に消えていく人々の悲哀は、詩人・石原吉郎氏の「人は死において、一人ひとりその名を呼ばれなければならない」という言葉と共鳴し、深い感動を呼び起こします。若者の輝きと、それを見守る大人たちの喪失感が交錯する舞台は、まさに現代を生きる私たちへの鎮魂歌(レクイエム)といえるでしょう。
現在63歳となった野田氏ですが、その演出力は衰えるどころか、ワークショップを通じて磨き上げられた瑞々しいアイデアに溢れています。2019年11月4日まで北九州で上演された後、11月9日から12月11日までは再び東京芸術劇場での公演が予定されています。ロックの熱狂と古典の深みが溶け合うこの「現代カブキ」は、演劇の新たな地平を切り拓く歴史的一歩となるに違いありません。
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