1970年代から1980年代半ばにかけて、アメリカのカリフォルニア州を恐怖のどん底に突き落とした「黄金州の殺人鬼(ゴールデン・ステート・キラー)」をご存知でしょうか。この男は10か所の郡を股にかけ、少なくとも10人を殺害、50人もの女性に暴行を働き、100件を超える強盗を繰り返した希代の凶悪犯です。
本書「黄金州の殺人鬼、迷路の事件跡、DNAで解明」は、この未解決事件に魅了され、その生涯を捜査に捧げた女性ライター、ミシェル・マクナマラ氏による魂のノンフィクションです。彼女は被害者遺族や捜査官、鑑識官への徹底した取材を行い、迷宮入りしかけていた膨大な捜査資料の海に深く潜り込んでいきました。
SNS上では「一人の女性の執念が、何十年も止まっていた時計の針を動かした」と、著者の情熱に感銘を受ける声が数多く上がっています。マクナマラ氏は、ただ事件を記録するだけでなく、犯人が残したわずかな足跡からその正体を炙り出そうと、あらん限りの知力を尽くしました。
DNAという「人間のバーコード」が暴く未解決事件の闇
本書の核心を支えているのは、DNA解析技術の進化の歴史です。事件が発生した当時は、犯人の特徴といえば「スキーマスクを被った白人」や「非分泌型のA型血液」といった、現代から見れば極めて曖昧な情報しか得られない時代でした。当時はまだ、個人の特定に至る詳細な遺伝子情報の活用は不可能だったのです。
しかし、21世紀に入ると状況は一変します。ここで解説が必要なのが、いわゆる「DNAプロファイリング」です。これは微細な組織からDNAを抽出し、特定の型に分類して個人の識別を行う技術で、本書ではこれを分かりやすく「人間のバーコード」と表現しています。この技術の発展が、バラバラだと思われていた過去の事件を一つに繋ぎ合わせました。
コンピュータ技術と遺伝子解析の融合は、かつての捜査官たちが抱いていた先入観や見込み違いを次々と明らかにしていきました。DNAは犯人像を絞り込むための決定的な「切り札」となり、同時に無実の人間を疑いの目から解放する救いの手にもなったと言えるでしょう。
悲劇の死と、その直後に訪れた劇的な結末
著者のミシェル・マクナマラ氏は、この大作の完成を目前に控えた2016年に惜しまれつつこの世を去りました。彼女の遺志を継いだ夫や編集者たちの尽力により、本書は日の目を見ることとなりましたが、刊行直後の2018年には、現実が物語を追い越すような劇的な展開が待ち受けていました。
ついに、72歳の元警察官であるジョセフ・ジェイムズ・ディアンジェロ容疑者が逮捕されたのです。捜査当局は「本の情報が直接の逮捕容疑に繋がったわけではない」と慎重な姿勢を見せていますが、本書が世論を動かし、事件への注目を再び高めた功績は計り知れないと私は確信しています。
一人のライターが命を削って真実に肉薄しようとした軌跡は、読者の心に強烈な印象を残すことでしょう。事件の全容が法廷で明かされる日を待たずして著者は旅立ちましたが、彼女が「迷路」の奥底で掴み取った核心は、間違いなく正義への道筋を照らし出していたはずです。
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