「知らない」「覚えていない」。かつてのアフリカの指導者から発せられた言葉に、耳を疑った人も多いのではないでしょうか。2019年7月中旬、南アフリカのジェイコブ・ズマ前大統領(77)が、政府調査委員会の証言台に立ちました。彼に向けられた汚職の容疑は、なんと783件にも及びます。一国のトップがこれほど多くの疑惑を抱え、さらに公の場で責任逃れとも取れる発言を繰り返す姿は、まさに驚愕の光景と言わざるを得ません。
ズマ前大統領は2018年に辞任に追い込まれるまで、約9年間にわたり政権を握っていました。かつて「新興国の星」とも称され、BRICSの一角として期待を集めた南アフリカですが、彼の在任期間中に経済状況は見る影もなく暗転してしまったのです。ケニアやエチオピアといった他のアフリカ諸国が高い経済成長を記録する一方で、南アフリカの2018年の経済成長率は1%未満に低迷しています。さらに衝撃的なのは、失業率が30%近くに達しているという事実です。
「ステート・キャプチャー」という病理
なぜ、これほどまでに国が傾いてしまったのでしょうか。その背景にあるのが、投資家や外国企業を遠ざけた「汚職」と「身びいき」、そして蔓延する「官僚主義」です。中でも現地で深刻視されているのが、「ステート・キャプチャー(国家そのものの略奪)」と呼ばれる現象です。これは単なる賄賂の授受にとどまらず、特定の民間企業や富裕層が政治家を取り込み、国家の政策決定プロセスや予算配分そのものを、自分たちの利益になるように歪めてしまう構造的腐敗を指します。
この「国家の私物化」とも呼べる事態に対し、SNS上では国民からの悲痛な叫びや怒りの声が溢れかえっています。「私たちの税金が個人のポケットに消えていく」「未来が盗まれた」といった憤りの投稿が相次ぎ、かつての英雄に対する失望感はピークに達しているようです。ネット上の反応を見ても、ズマ前大統領ののらりくらりとした証言態度は、国民の傷口に塩を塗るような行為として受け止められていることが分かります。
アフリカの未来と編集者の視点
私自身、長年アフリカ経済の動向を追ってきましたが、アフリカ大陸の経済大国である南アフリカの凋落は、大陸全体の成長シナリオにも影を落としかねないと危惧しています。「最後の巨大市場」として世界中が熱い視線を送るアフリカですが、政治の透明性が確保されなければ、真の発展はあり得ません。高いポテンシャルを持ちながら、リーダーの腐敗によって国民が苦しむ構図は、あまりにも理不尽でやるせない気持ちになります。
今回の公聴会は、南アフリカが「膿」を出し切り、再生へと向かうための重要な分水嶺となるでしょう。不正を許さない社会構造を取り戻せるのか、それとも腐敗の連鎖に飲み込まれたままなのか。投資家たちも固唾を飲んで見守っています。私たちは、単なるスキャンダルとして消費するのではなく、新興国が抱える成長の痛みと民主主義の成熟度を測る試金石として、この問題に注目し続ける必要があります。
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