「三方よし」の光と影。近江商人のルーツを辿る旅で見えたアイヌ民族酷使という衝撃の真実

ビジネスの世界で今なお理想として語り継がれる「三方よし」という言葉をご存知でしょうか。売り手と買い手が満足するだけでなく、社会にも貢献するという近江商人の経営哲学は、日本が誇るべき商道徳の規範とされてきました。しかし、2019年11月15日、長年近江商人の足跡を研究してきた駒井正一氏は、その華々しい功績の裏側に隠された、あまりに重い「負の歴史」を私たちに提示しています。

滋賀県高島市にルーツを持つ駒井氏は、約35年前から自身の先祖を辿る調査を開始しました。青森県八戸市の酒造店が自らの生家と繋がっていることを知り、夏休みに現地を訪れたことが探求の始まりだったそうです。岩手県盛岡市が、かつて「高島商人」の一大拠点であったという事実は、一人の教員だった氏の知的好奇心を大きく揺さぶることとなりました。江戸時代初期、砂金を求めて北上した人々が商売へと転じ、故郷から奉公人を呼び寄せて巨大なネットワークを築き上げていたのです。

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「しまつして、きばる」精神が築いた資本主義の礎

近江商人がこれほどまでに躍進した背景には、京都や大坂といった巨大な市場に隣接する交通の要衝であったという地理的利点があります。彼らは「しまつして、きばる」という、節約を重んじつつ勤勉に励む精神を家訓として掲げていました。上方の流行品を地方へ運び、各地の特産品を買い付けるその手腕は、時に同業者から「近江泥棒」と嫉妬混じりに揶揄されるほど鮮やかだったと伝えられています。

彼らの功績は、単なる物品の流通に留まりません。例えば日野商人は高度な醸造技術を北関東や東北へと伝え、醤油や味噌、そして「すみ酒(清酒)」といった新しい文化を根付かせました。さらには秋田の尾去沢銅山などの鉱山経営にも参画しており、彼らこそが日本における初期資本主義の土台を築いた「産業の先駆者」であったことは疑いようのない事実でしょう。

北の大地に刻まれた、商道徳の喪失という悲劇

しかし、歴史の光が強ければ強いほど、その影もまた深く刻まれています。駒井氏が指摘するのは、北海道(蝦夷地)における漁業経営の惨状です。江戸時代後期、道東の根室や斜里へと進出した近江商人の一部は、あまりに非人道的な搾取を行っていました。特に藤野家によるアイヌ民族の扱いは凄惨で、働き盛りの人々を強制的に連行し、酷使し続けた結果、多くの村々が崩壊の憂き目に遭ったといいます。

当時の箱館奉行所から「非道である」と公式に改善命令を受けるほどの暴挙は、故郷から遠く離れた地で二代目、三代目と代替わりする中で、本来の「三方よし」の精神が霧散してしまった証かもしれません。SNS上でもこの報告に対し、「美談の裏側を知るべきだ」「現代の企業倫理にも通じる教訓だ」といった、歴史の多面性を直視することの重要性を訴える声が数多く寄せられています。

私は、現代のビジネスマンこそ、この駒井氏の指摘に耳を傾けるべきだと考えます。成功体験に酔いしれ、表面的な理念だけを掲げる組織は、いつの時代もどこかで誰かを犠牲にする危険を孕んでいるからです。2019年2月に出版された『アイヌ民族の戦い』という著作には、負の側面から目を背けずに教訓を導き出そうとする氏の強い意志が込められています。歴史を学ぶ真の意味とは、先人の栄光を称えるだけでなく、その過ちをも自分の事として受け止めることにあるのではないでしょうか。

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