漫画家・随筆家として知られるヤマザキマリさんが、1990年代初頭のキューバでの忘れられない体験を綴りました。東西冷戦が終結した直後のこの時期、キューバは厳しい経済制裁の真っ只中にあり、生活物資が圧倒的に不足する困難な状況に置かれていたのです。
イタリアからボランティアとして現地へ渡った彼女は、首都ハバナ近郊の学校に鉛筆などの学用品を届ける傍ら、サトウキビの収穫を手伝うことになりました。しかし、現地で彼女を待ち受けていたのは、日本人の勤勉な感覚を覆すような、驚くほどゆったりとした光景だったといいます。
不便を嘆かない!リズムと共に生きる人々の豊かさ
サトウキビ畑に立つ農夫たちは、働く意欲を見せるどころか、木陰に座り込んで彼女に休息を勧めました。そのうちに誰かが「グアヒーラ」と呼ばれるキューバの伝統的な農民音楽を歌い始めます。周囲の農夫たちもそれに呼応し、現場はいつの間にか優雅な演奏会場へと様変わりしてしまいました。
結局、その日の収穫はわずかな量にとどまりましたが、彼らは「天気が良すぎて仕事には向かなかった」と笑い飛ばしたそうです。このエピソードに対し、SNS上では「効率ばかりを求める現代人が忘れてしまった心の余裕がここにある」といった、深い共感と感嘆の声が数多く寄せられています。
滞在先の家庭では、計画停電によって夕闇が迫ると家の中が真っ暗になる不便を強いられていました。しかし、住人たちは月明かりを求めて広場へ繰り出し、自然発生的に音楽とダンスの輪を広げます。停電というトラブルさえも、彼らにとっては交流を楽しむ絶好の機会に変貌を遂げるのです。
「キューバ人の栄養は音楽なんだ」。隣り合わせた老人が語ったその言葉には、物質的な豊かさだけでは決して得られない、精神的な満足感と生命力が宿っていました。街の至る所から溢れ出す音色は、道行く人々の活力を養い、明日を生きるための強いエネルギーとして機能しています。
ヤマザキマリさんがハバナの地で目撃したのは、お金では決して手に入れることのできない「極上の幸福」の形でした。2019年12月08日現在、彼女が語るこの物語は、飽食の時代に生きる私たちに、真の豊かさとは何かを改めて問いかけているのではないでしょうか。
私自身、効率や成果を追い求める日常の中で、彼らのように「今この瞬間」を歌い、笑い飛ばす精神性に強く惹かれます。音楽一つで苦境を希望に変える力こそが、人間が本来持っている最も美しい才能なのかもしれません。音楽は単なる娯楽ではなく、魂を救うための必需品なのです。
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