将来の安心か、それとも目下の手取りか。多くのパートタイマーを悩ませてきた「厚生年金加入の壁」が、いよいよ大きな転換期を迎えようとしています。厚生労働省は、これまで主に大企業の従業員に限られていた厚生年金の適用対象を、中小企業で働く人々にも大幅に広げる方針を固めました。老後の備えを厚くするという政府の狙いに対し、SNS上では「将来の年金が増えるのは嬉しいけれど、今月の生活費が減るのは困る」といった切実な声が数多く上がっています。
今回の改革の目玉は、勤務先の企業規模に関する要件の緩和です。2022年10月01日からは従業員101人以上の企業が対象となり、さらに2024年10月01日からは51人以上の企業へと順次拡大されます。これにより、新たに約65万人が厚生年金へ加入する見込みです。厚生年金とは、自営業者などが入る国民年金に上乗せして支給される「2階建て」の年金制度で、加入することで将来受け取れる額が確実に増えるメリットがあります。
手取りが減る?「106万円の壁」というジレンマ
しかし、制度の拡大には「106万円の壁」という高いハードルが立ちはだかります。これは月収8.8万円、年収にして約106万円を超えると社会保険料の支払い義務が生じるルールを指します。具体的には、厚生年金と健康保険の保険料として、年収の約15%ほどが手取りから差し引かれることになります。日本総合研究所の試算によれば、加入によって年間の手取りが約14万円も減少してしまうケースがあり、家計を預かる身としては無視できない金額です。
特に、これまで保険料負担が免除されていた「第3号被保険者(会社員の配偶者など)」にとっては、この負担増は心理的にも経済的にも非常に大きなインパクトを与えます。同じ手取りを維持しようと思えば、年収を123万円程度まで引き上げる必要があり、これが「働き損」という感覚を生んでしまうのです。私は、この「壁」がある限り、どれだけ適用対象を広げても、結局は就業時間を抑える「働き控え」を加速させてしまうのではないかと危惧しています。
深刻化する人手不足と、今後の課題
企業側からも、悲鳴に近い反対の声が上がっています。日本フードサービス協会などの団体は、2019年11月下旬に適用拡大への反対声明を出しました。人手不足が深刻なサービス業において、パート従業員が加入を避けるために労働時間を短縮してしまえば、現場が回らなくなるのは明白です。さらに企業側にとっても、保険料の半分を負担するコスト増は経営を圧迫する要因となります。国は最低賃金の上昇でハードルは下がると見ていますが、現場の感覚とは乖離があるようです。
2019年12月10日時点での議論では、残念ながらこの根本的な「賃金要件」の見直しは見送られました。共働き世帯が一般的となった現代において、昭和の家族モデルに基づいた「第3号被保険者」という制度そのものにメスを入れなければ、真の解決は難しいでしょう。政府には、単に対象を広げるだけでなく、誰もが損得を気にせず意欲的に働ける、より柔軟で公平なセーフティネットの構築を強く望みたいところです。
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