富士山の雄大な裾野が朝霧に包まれる頃、一人の男が静かに獲物を狙っています。静岡市にあるレストラン「KAWASAKI」のオーナーシェフ、河崎芳範さんは、料理人でありながら自ら銃を手に取る現役のハンターでもあります。2019年12月14日現在、狩猟シーズン真っ只中の彼は、日の出とともに活動を開始し、キジやカモといった野生の命と向き合う日々を送っています。
彼がここまでストイックに現場へ向かうのは、究極の鮮度と地産地消を追求しているからに他なりません。ここで注目したいのが「ジビエ」という言葉です。これはフランス語で、狩猟によって食材として捕獲された野生鳥獣の肉を指します。河崎シェフは、元旦を除くほぼ毎日、富士宮の山々でこの野生の恵みを自らの手で調達しており、その情熱はまさに唯一無二といえるでしょう。
SNSでは「シェフが自分で獲ってきた肉を食べられるなんて贅沢すぎる」「命の尊さを感じる料理」といった驚きと称賛の声が相次いでいます。河崎シェフは、狩猟を終えるとそのまま近隣の農家を回り、丹精込めて育てられた有機野菜や、清冽な水で育ったニジマスを仕入れます。提供される食材のすべてが地元産という徹底ぶりは、食通たちの心を強く惹きつけてやみません。
音楽から料理の世界へ、異色の経歴が紡ぐ芸術的な一皿
驚くべきことに、河崎シェフのルーツは料理ではなく音楽にあります。かつてはギタリストを志して上京した彼にとって、料理もまた「自己表現の手段」の一つなのです。和食店での修業を経て、東京・渋谷の名店「キノシタ」などでフレンチの腕を磨いた経歴が、繊細かつ大胆な一皿のベースとなっています。素材のポテンシャルを最大限に引き出す技法は、まさに一流の表現者そのものです。
2007年、彼は大きな転機を迎えます。農業の「6次産業化」の先駆けである松木一浩氏に招かれ、富士宮市の「レストランビオス」のシェフに就任したのです。6次産業化とは、農業(1次産業)が加工(2次産業)や流通・販売(3次産業)まで一体的に行う経営形態を指します。生産者のすぐそばで働くことで、東京では決して手に入らない「ゼロの状態」の新鮮な食材に魅了されていきました。
2014年の独立以来、彼は「食材の聖地」である富士宮と、自身のレストランがある静岡市を往復するスタイルを貫いています。お客様は予約時にメイン食材を指定できますが、最終的な調理法は当日の熟成具合で決まるため、食卓に並ぶまでその姿は誰にも分かりません。このライブ感こそが、首都圏からも多くのファンが詰めかける最大の理由ではないでしょうか。
2019年12月15日に開業5周年を迎える今、彼の視線はさらに先を見据えています。地元のカフェ「JINQ」の監修を手掛けるなど、地域活性化にも尽力しています。「いつか富士宮に戻り、食と観光を融合させた事業を成し遂げたい」と語る彼の夢は、富士山の麓から世界へと発信されようとしています。睡眠時間を削ってまで自然と対峙するその姿に、日本の食文化の未来を感じます。
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