映画の原点は「ライブ」だった!周防正行監督が語る、カツベン文化と現代の応援上映を結ぶ不思議な縁

2019年12月18日、映画界に新たな旋風を巻き起こしている周防正行監督が、独自の視点で「活動弁士」の魅力を語ってくださいました。映画に音がなかった時代、スクリーン横で物語を解説した弁士たちは、単なる説明役に留まらない圧倒的な存在感を放っていたのです。

監督によれば、日本でこの文化が花開いた背景には、古くから根付く「語り」の伝統があるといいます。人形浄瑠璃や落語、講談といった、演者の語りを通じて観客が物語の世界を膨らませる文化が、無声映画と見事に融合した結果がカツベンという独自のスタイルを生みました。

SNS上では「活弁付きの映画はまるでライブ!」「実況解説があるだけで、100年前の作品がこんなにエキサイティングになるとは」といった驚きの声が溢れています。中には、古舘伊知郎氏の熱狂的なプロレス実況を連想し、その臨場感に納得する映画ファンも少なくありません。

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無声映画時代の映画館は「静かに見る場所」ではなかった

現代の映画鑑賞といえば、暗闇の中で息を潜めて鑑賞するのが一般的ですが、周防監督は当時の劇場が驚くほど賑やかだったと指摘します。大衆演劇や歌舞伎のように、観客が自由にヤジを飛ばし、笑い声を上げる、まさに「祭り」のような空間がそこには存在していました。

映画が音を持つ「トーキー」へと進化し、セリフや効果音がフィルムに刻まれるようになると、私たちは周囲の迷惑を考えて静寂を守るマナーを身につけました。ここで興味深いのが、近年流行している「応援上映」が、実はかつての自由な鑑賞スタイルの再来であるという点です。

声を出し、感情を共有する応援上映は、まさに映画の原点への「先祖返り」と言えるでしょう。私個人としても、映画が単なる情報の受け渡しではなく、劇場全体で作り上げる体験型エンターテインメントへと回帰している今の流れを、非常にポジティブに捉えています。

制作現場を変える「音」の制約と弁士の存在感

映画制作の舞台裏に目を向けると、音の有無は演出に劇的な違いをもたらします。現代の撮影現場では、最高の演技が撮れても「ヘリコプターの音が入った」という理由で、幾度となくテイクが重ねられることが日常茶飯事となっているのが実情です。

しかし、音が無いことを前提としたサイレント時代には、映像表現だけで物語を伝えるための凄まじい試行錯誤がありました。監督は、日本映画が弁士の解説を前提に「絵」を構成していた事実に触れ、弁士が映画制作そのものに深く関与していた歴史を強調します。

「専門家の当たり前が、部外者には一番面白い」と語る監督の言葉通り、カツベンの世界を外部の目線で描くことで、私たちはその奥深さに気づかされます。100年後の未来にも、このライブ感溢れる文化を継承する若い才能が現れることを、切に願ってやみません。

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