長年にわたり混迷を極めるアフガニスタン情勢をめぐり、米国政府がようやく和平への道を模索し始めました。2001年09月11日の米同時多発テロを契機に始まったこの戦争ですが、かつて反政府武装勢力のタリバン指導部は、時間に追われる米国をあざ笑うかのように「我々には悠久の時間がある」と語ったそうです。その言葉通り、圧倒的な軍事力を誇る大国であっても、武力だけでこの地を平定することは不可能であると歴史が証明しています。
トランプ米大統領は2019年11月にタリバンとの対話を再開し、駐留米兵の帰還を目指しています。しかし、巨額の資金と最新兵器を投じたにもかかわらず、いまなおタリバンが広大な地域を支配しているのが現状です。SNSでは「これほどの犠牲を払って何が得られたのか」という悲痛な声や、「軍事介入の限界を認めざるを得ない」といった、米国の政策に対する厳しい批判の意見が数多く巻き起こっています。
この果てしない悲劇の本質を浮き彫りにする出来事が、2019年12月に相次いで起こりました。一つは米ワシントン・ポスト紙による内部文書の暴露であり、もう一つは日本人医師の中村哲さんの突然の悲報です。これらは、傲慢な武力行使がいかに無力であるか、そして真の平和をもたらすために必要な「知恵」とは何かを、私たちに強烈なコントラストとともに提示しています。
エリートたちの無知が招いた泥沼化の真実
米政府の秘密文書から明らかになったのは、驚くべきことに前線の指揮官や政策立案者たちの圧倒的な「現地への無知」でした。かつて北大西洋条約機構(NATO、欧州と北米の国々による軍事同盟)の軍勢を含め、最大15万人もの兵力が投入されたにもかかわらず、誰もアフガニスタンの伝統的な権力構造や文化を理解していなかったのです。
侵攻当初の目的は、テロ組織の打倒やタリバン指導部の排除でした。しかし、それらを大方達成すると、今度は「西洋式民主主義の定着」や「女性差別撤廃」へと大義名分がすり替わっていったのです。現地の土壌を無視した見当違いな戦略は完全に迷走し、結果として何十万人もの一般市民や、3000人近い米軍兵士らの尊い命が失われる事態を招くことになりました。
一人の日本人医師が証明した「命を救う土木」
国家が武器で失敗する一方で、謙虚に現地と向き合い、偉業を成し遂げたのが中村哲医師でした。1990年代から現地で医療活動を続けていた中村さんは、病気の根本原因が栄養不良と深刻な水不足にあることを見抜きます。そこで自ら土木技術を学び、2000年代初頭から、複雑な重機を使わずに地元の人々の手だけで維持管理ができる日本伝統の灌漑(かんがい、田畑に水を引くこと)水路の建設を始めました。
この水路により広大な砂漠は緑豊かな農地へと生まれ変わり、数十万人もの人々の暮らしが劇的に救われました。中村さんは「多くの戦闘員は、家族を養うために雇い兵にならざるを得なかっただけで、農地が戻り仕事ができれば暴力は劇的に減る」という極めてシンプルな本質を突いていました。この卓越した洞察力こそ、ワシントンのエリートたちが決して気づけなかった真理ではないでしょうか。
2019年12月、中村医師は移動中に武装集団の凶弾に倒れ、73歳でこの世を去りました。ネット上では「本物の聖人だった」「暴力ではなく命を育むことで平和を作った彼を忘れない」と、世界中から追悼と感謝の言葉が溢れかえっています。私は、米国がこの偉大な先人の知恵をほんの少しでも取り入れていれば、これほどの血が流れることはなかったと確信しています。
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