2020年01月01日、令和となって初めての清々しい元旦を迎えました。正月の風物詩といえば「年賀状」ですが、実はこの習慣が一般化したのは郵便制度が確立された明治時代以降のことです。それ以前の人々は、新年になってから直接相手の自宅へ足を運んで挨拶をしていました。
現代では当たり前となった「元旦に届く」仕組みも、実は消印へのこだわりから大晦日に郵便局へ投函が集中したため、苦肉の策として生まれた背景があります。このように、私たちが「古くからの伝統」と信じている行事も、紐解いてみれば意外と歴史が浅いものが少なくありません。
「日本的経営」の正体と意外な歴史の真実
伝統への思い込みは、ビジネスの現場でも顕著に見られます。その代表格が「終身雇用」に象徴される日本的経営でしょう。これは戦時中の国家総動員体制、つまり国全体を戦争遂行のための巨大な組織へと変貌させた仕組みを土台に、戦後の高度経済成長期に定着した比較的新しい制度です。
驚くべきことに、戦前の資料には「アメリカの労働者は真面目だが日本人は怠惰だ」という現代とは真逆の評価すら存在します。夏目漱石の小説『坊っちゃん』で主人公が職を転々としたように、かつての日本は現代以上に転職が珍しくない、流動的な社会だったことがうかがえます。
SNS上でも「伝統だと思っていたことが実は最近作られたものだった」という発見は常に大きな反響を呼びます。特に働き方に関しては、「伝統という言葉に縛られず、もっと自由にキャリアを考えてもいいはずだ」といった、現状の固定観念に疑問を投げかける声が後を絶ちません。
私は、伝統とは守るべき宝であると同時に、時に私たちの視界を遮る「色眼鏡」にもなり得ると考えます。盲目的に過去を肯定する「墨守(ぼくしゅ)」、すなわち周囲の変化を無視して古い習慣を頑なに守り続ける姿勢は、変化の激しい現代において成長を阻むリスクとなります。
2020年01月01日という節目の日に、私たちは「当たり前」を疑う勇気を持つべきです。伝統の成り立ちを知ることは、決してそれを否定することではありません。背景を理解した上で、今の時代に本当に必要な形へと進化させていくことこそが、真の意味での進歩へと繋がるのです。
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