陸上界のレジェンドとして知られる瀬古利彦さんは、日本陸連マラソン強化戦略プロジェクトリーダーとして活躍する傍ら、周囲を照らす強烈なエネルギーを放ち続けています。そんな瀬古さんと「2週間会わないと寂しいね」と言い合うほど深い絆で結ばれているのが、弁護士であり国際仲裁人としても名高い高取芳宏さんです。お二人の出会いは2000年頃に遡り、不動産トラブルの代理人を高取さんが務めたことがきっかけでした。今では年に約25回も共にゴルフコースを回るほど、気心の知れた大親友として特別な関係を築いています。
お二人の交流はスポーツの枠に留まらず、なんと音楽の世界にまで広がっています。瀬古さんとその愛妻が「東京マラソンを応援したい」という熱い想いから、2010年頃に結成したジャズバンドが「瀬古利彦とパンキーズ」です。高取さんはこのバンドにトロンボーン奏者として参加する機会を得ており、音楽を通じて毎年ランナーたちにエールを送る時間を心から楽しんでいます。SNS上でも「瀬古さんがジャズバンドをやっているなんて驚き」「異色のコンビだけど、お互いをリスペクトしているのが伝わって素敵」と、その意外な活動が大きな反響を呼んでいます。
ユーモアと優しさに溢れる瀬古氏の人間的魅力
高取さんが東京地方裁判所での講演を依頼した際にも、瀬古さんは持ち前のユーモアで会場を沸かせました。1980年5月24日に日本が不参加を決めたモスクワ五輪のボイコット劇や、続くロサンゼルス五輪での貴重な体験談を惜しみなく披露したのです。その席で瀬古さんは「もし金メダリストになって国民栄誉賞を受賞していたら、地裁ではなく最高裁判所で講演していましたよ」と冗談を飛ばし、法曹関係者たちを大爆笑の渦に巻き込みました。辛い過去さえも笑いに変える器の大きさには、編集部としても深い感銘を受けます。
さらに、ベルリンでのマラソン観戦に同行したエピソードからは、瀬古さんの指導者としての真摯な姿勢が垣間見えます。思うようなタイムを出せず、ショックのあまりメディアの取材を拒否しようとした日本人選手に対し、瀬古さんは優しく諭しました。「多くのファンが応援してくれているからこそ、メディアが集まるのだよ。結果が良いときも悪いときも、しっかりと応じなさい」と言葉を掛けたのです。この「メディア対応」とは、単に質問に答えるだけでなく、支えてくれた社会やファンに対して感謝と誠意を示す大切なプロセスを指します。
失敗した時こそ真摯に向き合うという教えは、スポーツの世界だけでなく、あらゆるビジネスや人間関係にも共通する本質的な教訓ではないでしょうか。瀬古さんの言葉は、傷ついた選手の心に寄り添いながらも、プロフェッショナルとしての自覚を促す愛に満ちています。高取さんは、瀬古さんと笑顔あふれる楽しい時間を共有しながら、こうした周囲への細やかな気配りや人との接し方を日々学んでいるそうです。一流の人間が持つ温かさと深い洞察力は、時代を超えて多くの人々の心を動かし続けるに違いありません。
コメント