かつて多くの若者が夢を追いかけて海を渡った、台湾から中国への創業ブームが今、大きな転換期を迎えています。10年ほど前からは、キャリアアップや起業のために中国へ進出する動きが活発でした。しかし、ここ1〜2年はその勢いがすっかり頭打ちになっている模様です。SNS上でも「現実は厳しかった」「優遇措置に釣られても先がない」といったリアルな声が飛び交っており、若者たちの熱視線は急速に冷めつつあります。
こうした心理的な変化は、2020年1月11日に投開票が行われた台湾の総統選挙にも、色濃く反映された模様です。対中融和路線を掲げる野党・国民党が敗北を喫した背景には、中国に対する若者たちの失望感や危機感があったと考えられます。かつてのように「中国へ行けば成功できる」という単純な構図は、もはや過去のものとなりつつあるのでしょう。実際に現地を経験した人々からは、制度の限界を指摘する意見が相次いでいます。
中国政府は2008年以降、台湾の住民を呼び込むために様々な優遇策を打ち出してきました。この現象は「西に向かう台湾の青年」を意味する「台青西進」と呼ばれ、一時は大きなトレンドとなったのです。北京や深センといった先進的な都市には、中台の連携を象徴するスタートアップ育成施設が次々と誕生しました。しかし、最近では現地のオフィスに人の気配が感じられないケースも増えており、かつての活気は失われているようです。
具体的な数字を見ても、若者の関心低下は明らかです。大手IT企業などで実習ができる人気のインターンシッププログラムでは、2018年に約2000人もの応募が殺到していました。ところが、2019年には応募者が約1300人にまで急減しています。香港での民主化デモといった緊迫する政治情勢も影響していますが、それ以上に注目すべきは、ビジネスの現場における「2つの決定的な障壁」が存在することです。
1つ目は、政府主導の支援が現場のニーズと乖離している点です。中国の台湾事務弁公室、通称「台弁」と呼ばれる官庁が提供する資金援助は、事業を軌道に乗せるには全く足りないのが実情のようです。ある起業家は、お役所仕事的な施策に頼らず、民間のルートから自力で巨額の資金を調達しなければ生き残れなかったと証言しています。ターゲットを絞りきれていない的外れな優遇策は、起業家にとって魅力的な選択肢とは言えません。
2つ目は、台湾人としてのブランド力が通用しなくなった点です。これまでは優れたマネジメント能力を持つ台湾の人材が重宝されてきましたが、中国国内でも高度なスキルを持つ優秀な人材が次々と育っています。単に「台湾から来た」という理由だけで優位に立てる時代は終焉を迎えました。ネット上でも「現地での競争が激化しすぎて太刀打ちできない」という意見が目立ち、市場の成熟に伴って参入障壁が高くなっていることが窺えます。
一方で、若者たちの足元である台湾国内の起業環境も、決して楽観視できる状態ではありません。企業の評価額が10億ドル、日本円で約1100億円を超える未上場の巨大ベンチャーを「ユニコーン企業」と呼びますが、2019年12月末の時点で台湾にはこれが1社も存在していません。産業のイノベーションを加速させ、自国で挑戦できる魅力的な土壌をいかに整えるかが、現在の台湾における最大の課題と言えるでしょう。
私は、今回の変化を台湾の若者たちがより現実的で自立した視点を持った証拠だと捉えています。安易な優遇策に依存するのではなく、リスクの本質を見抜いた結果が「中国熱の冷却」につながったのではないでしょうか。総統選で対中強硬派の蔡英文総統に一票を投じた若者たちは、今度は自国での手厚い支援を求めています。この期待に新政権が応えられなければ、若者の希望は深い失望へと変わってしまうに違いありません。
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