世界の産業を支える「鉄」の市場に、かつてない冷たい嵐が吹き荒れています。2020年01月16日現在、世界的な鉄鋼メーカー各社の業績が悪化の一途をたどっているのです。驚くべきことに、2019年10月から2019年12月までの期間において、欧米やアジアの主要企業の約9割で最終損益が前年より悪化する見通しとなりました。これは自動車や建設業界での需要が世界的に落ち込み、鉄鋼製品の価格が下がったことが大きな原因でしょう。
SNS上でもこのニュースは大きな話題を呼んでいます。「自動車が売れていないというニュースは本当だったんだ」「製造業の土台である鉄鋼がここまで苦しいとは、世界景気の減速を肌で感じる」といった、先行きを不安視する声が数多く上がっていました。実際、2019年07月から2019年09月期を振り返っても、調査対象となった25社中22社が減益や赤字に沈んでいます。損益が悪化した割合は88%に達し、過去10年で最悪の不況を記録しました。
この未曾有の不況において、各社は「高炉」と呼ばれる鉄鉱石を溶かして鉄を取り出す巨大な炉を休止するなど、生き残りをかけた激しいリストラに踏み切っています。インターネット上では「ついに製鉄所まで止まるのか」「働く人の雇用が心配でならない」と、現場の労働環境や地域経済への影響を懸念する書き込みが相次いでいました。自動車が売れず、ビルも建たないとなれば、鉄が余ってしまうのは当然の結末と言えるのかもしれません。
ここで世界のトップ企業の惨状を見てみましょう。世界最大の粗鋼生産量を誇るアルセロール・ミタルは、3四半期連続の最終赤字に陥る見込みです。企業の稼ぐ力を表す「EBITDA(利払い・税引き・償却前利益)」はなんと7割も減少しました。この専門用語は、税金や金利、設備の価値が目減りした分を差し引く前の「企業の本業での儲け」を指します。世界王者ですら本業で全く稼げなくなっている現状は、まさに異常事態と表現できるでしょう。
アメリカの象徴であるUSスチールも例外ではありません。トランプ政権が2018年に行った輸入関税の引き上げによって一時的には潤ったものの、その恩恵は長く続きませんでした。価格下落の波に抗えず、再び赤字の泥沼に沈んでいます。一方のアジア市場でも、インドのタタ製鉄が新車販売の低迷によって8割を超える大減益となる見通しです。世界中で鉄の買い手がいなくなり、行き場を失った鉄鋼が溢れかえっています。
買い手のないロシア産やトルコ産の鉄鋼は、東南アジア市場へ次々と安値で輸出されました。この過剰供給による価格破壊の波は、日本の鉄鋼大手である日本製鉄やJFEホールディングスにも直撃しています。両社は収益環境が急激に悪化したため、2020年03月期の通期業績予想を下方修正せざるを得ない状況に追い込まれました。比較的堅調だった中国の宝山鋼鉄でさえ、4期ぶりの減益に直面するという深刻さです。
苦境を脱するため、USスチールは2020年04月以降にミシガン州の主要工場の設備を休止すると発表しました。タタ製鉄も欧州で3000人の人員削減に踏み切る方針を固めています。日本でも日本製鉄が生産設備の集約に向けた検討を開始しました。これほど大規模なリストラが同時多発的に進む現状を鑑みると、鉄鋼業界は今まさに、従来の規模を維持できないほどの構造転換期を迎えているのだと私は強く確信しています。
ただ、暗いニュースばかりではありません。製造業の景気感を示す「PMI(購買担当者景気指数)」は、2019年12月まで2カ月連続で改善の兆しを見せています。米中の貿易摩擦が一時的に落ち着いたことで鉄鋼の価格も反発し、各社の株価指数は10月から足元までに2割弱ほど回復しました。この専門用語であるPMIは、企業の購買担当者にアンケートを行い、景気の方向性を50を基準として数値化した景気指標です。
しかし、専門家からは「世界景気が明確な上昇トレンドに入ったわけではない」という極めて慎重な意見が提示されています。私は、一時的な株価の買い戻しや指標の微増に惑わされるべきではないと考えています。自動車のEV化や環境規制への対応など、鉄鋼業界が直面する課題は複雑に絡み合っているからです。足元の数字が少し上向いたとしても、世界の鉄鋼大手がこの長いトンネルを完全に抜け出すには、まだ相当な時間がかかるでしょう。
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