昭和から平成を駆け抜けた2人の偉大な文学者、開高健氏と井伏鱒二氏。年の差は30歳もありながら、ともに「釣りキチ」で無類の酒好きだった2人は、深い師弟愛で結ばれていました。テレビ嫌いで有名だった井伏氏を口説き落とし、1983年1月28日にNHKで放送されたドキュメンタリー番組『井伏鱒二の世界~荻窪風土記から~』は、今なお文芸ファンの間で「伝説の金字塔」と語り継がれています。この奇跡的な共演が、現代のSNS上でも「これほど濃厚な文豪の生々しい姿は見られない」と大きな反響を呼んでいるのです。
番組を手掛けたのは、芥川賞作家の冨澤有為男氏を父に持つ伝説のディレクター、冨沢満氏でした。彼自身も朝まで飲み明かすほどの酒豪であり、取材現場に持ち込まれたお酒が、難攻不落の文豪たちの心を解きほぐす最高の潤滑油となったのです。番組はアルコールの話題で幕を開け、開高氏が登場する頃には、全員が心地よく酔いしれた独特の空気が漂い始めます。圧巻なのは、井伏邸で繰り広げられた酒宴のひととき。グラスを片手にした開高氏が、頬を赤く染めた井伏氏に対して、まるで駄々っ子のように絡んでいく姿が記録されています。
「先生の作品は、エロではないのに色気がある」などと奔放に語る開高氏ですが、宴が深まると、突然「最近、執筆の意欲が湧かない」と本音を吐露しました。小説を書くという行為は本来「野蛮な営み」であるはずなのに、いつの間にか「洗練されてエレガントになり、無気力になってしまった」と52歳の苦悩を打ち明けます。これに対して、当時85歳だった井伏氏は不敵に微笑み、「枚数を書けばいい。何でもいいから書くんだ」と一蹴しました。「いろはにほへと」でもいいから書けと、豪快に諭したのです。
それでも渋る愛弟子に対し、井伏氏は「自重するな」「良心をなくせ」と発破をかけ、最終的には「編集者が早く原稿を取りに来ればいいんだ!」と言い放ちます。このやり取りに、開高氏は脱帽したような笑顔を見せるしかありませんでした。作中では、日本酒からボジョレー、さらにはギリシャのブランデーであるメタクサまで、あらゆる酒が空けられます。メタクサとは、ワインの蒸留酒にマスカットワインやハーブの抽出液を加えた、甘く芳醇な香りが特徴の高級酒です。こうした酒の数々が、2人の心の鎧を外したのでしょう。
後年の取材で冨沢ディレクターは、この対談について「事前の打ち合わせは一切なく、酒が導くままに2人が楽器となって奏でてくれた瞬間だった」と振り返っています。実はこの撮影の3年前、井伏氏は開高氏へ「酒は飲むな」とだけ記した短い手紙を送っていました。お酒は感情を倍増させる一方で、執筆への気力を減退させる諸刃の剣でもあります。井伏氏は、愛弟子の心身の異変や焦燥感を敏感に察知し、深く案じていたに違いありません。この深い洞察と愛情の交錯こそが、人間のドラマそのものだと強く心を揺さぶられます。
番組の放送から6年後の1989年12月9日、開高氏は58歳の若さでこの世を去りました。一方で、明治の時代に生まれた井伏氏は、平成の世を見届けて1993年7月10日に95歳で大往生を遂げています。文豪たちが命を削りながら言葉を紡ぎ、酒を酌み交わした濃密な時間は、時代を超えて私たちの胸に響きます。単なる記録映像ではなく、孤独な表現者同士が魂をぶつけ合った一瞬の輝きを捉えたからこそ、この作品はいつまでも色褪せない魅力を放ち続けているのでしょう。
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