スマートフォンから最先端医療まで、私たちの豊かな暮らしを陰で支えるハイテク産業に今、静かな危機が迫っています。その原因は、先端技術の現場になくてはならない「ヘリウムガス」の深刻な供給不足です。2019年頃から大学などの研究機関では実験がストップする事態に追い込まれており、SNS上でも「このままでは日本の科学技術が衰退してしまう」「基礎研究の危機だ」といった悲痛な声や、強い危機感を露わにする投稿が相次いでいます。
事態を重く見た日本物理学会や東京大学をはじめとする国内の47団体は共同で声明を発表し、この国難とも言える状況への警鐘を鳴らしました。今回の供給難は、一時的なトラブルによるものではありません。生産量世界第1位を誇るアメリカからの供給量が絞られている一方で、急速な経済成長を続ける中国などでの需要が爆発的に伸びているという、構造的な需給バランスの崩壊が背景にあります。全量を海外からの輸入に頼る日本にとって、これは非常に致命的な打撃です。
そもそも、なぜこれほどまでにヘリウムが重要視されているのでしょうか。それは、この物質が極めて「希少な性質」を持っており、他の何ものでも代えが利かないからです。ヘリウムは化学反応を極めて起こしにくい「不活性ガス」という性質を持っています。そのため、一切の不純物を嫌う超高純度な半導体の製造現場では必須の存在です。さらに、摂氏マイナス約270度という圧倒的な極低温を作り出せる地球上で唯一の冷媒でもあります。
この冷媒としての特徴は、特定の金属をキンキンに冷やすことで電気抵抗をゼロにする「超電導(ちょうでんどう)」の研究や、医療用のMRIを稼働させるためにも絶対に欠かせません。これほど貴重な資源であるにもかかわらず、ヘリウムは空気よりも軽いため、一度大気中に漏れると宇宙空間へと永遠に飛んでいってしまいます。この危機を乗り越えるためには、使い終わったガスを逃がさずに回収し、再び液体へと戻してリサイクルする仕組み作りが急務です。
しかし、これまではヘリウムの価格が安価だったこともあり、回収用の配管や高額な液化装置を導入していない研究機関も多く存在します。国による資金援助はもちろんですが、中小規模の施設が保有するガスを、大型装置を持つ拠点へと運んで液化を委託するネットワーク作りが求められます。そこで障壁となるのが、ガスを高圧にする際に必要な国家資格などの法的な規制です。安全性を考慮しつつ、運搬をスムーズにするための規制緩和を進めるべきでしょう。
また、リサイクルが難しい分野のために、石油のような国家レベルでの「備蓄体制」の構築も提案されています。一方で、半導体工場などの民間企業では、不純物を取り除く技術が未成熟なため、大量のガスが未だに使い捨てられているのが現状です。この純化技術の開発は地味な研究とされがちですが、日本の産業の血液を守るためには不可欠です。今こそ国、企業、そして学術界が一つになり、一刻も早い対策に乗り出すべきだと強く確信します。
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