本屋の未来を救うのは誰?ヘイト本が並ぶ書店「棚」の違和感と、文化の発信地を取り戻すプロの工夫

日本各地の書店には、独自のセンスで素晴らしい本を集め、ユニークな空間を創り出す「棚」のプロフェッショナルがいます。文学やアート、歴史、数学といった多彩なジャンルから、共通のテーマに沿って本を並べる彼らの工夫は、まさに職人技といえるでしょう。魅力的な棚に出会うと、その本屋全体がキラキラと輝いて見えてくるものです。大手チェーン店から街の小さな店舗まで、こうした努力を続ける書店は、地域における大切な文化の発信基地にほかならないと私は確信しています。

近年は「紙の本が売れない」と叫ばれて久しいですが、昔ながらの商店街に誕生したブックカフェが多くの人々で賑わうなど、読書を取り巻く環境には温かい兆しも見えています。しかしその一方で、2020年01月20日現在、ふと立ち寄った本屋で言葉にできないような不快感や違和感を覚える人が増えているようです。その原因は、店内で異彩を放つ、特定の国を攻撃するような言葉が躍る「ヘイト本」コーナーの存在にあります。

ライターの永江朗さんが著書『私は本屋が好きでした』で分析しているように、売れそうな類書を淡々と作る出版社や、それを機械的に配本する取次会社、そしてそのまま受け入れる書店という「無責任の連鎖」がこの歪んだ棚を生み出しているようです。ここで言う取次会社とは、出版社と書店の間を繋ぎ、本を流通させる専門の卸業者のことを指します。このシステムが、意図せぬ悪意を街に拡散させているのかもしれません。

この問題に対して、SNS上では「本屋に行くのが辛くなった」「お気に入りの店にはそんな棚を作ってほしくない」という悲痛な声が上がっています。世の中には多様な意見が存在すべきであり、きわどい内容を含めての出版文化であるという意見には私も同意します。ですが、街の小さな書店の平台が憎悪の言葉で埋まる景色は、やはり異常事態ではないでしょうか。本来は文化を届けるはずの棚が、差別を育てる場所になってはならないはずです。

本屋の棚は、人々の知的好奇心を刺激し、新しい世界へと導いてくれる魔法の空間であってほしいと願わずにはいられません。商店街の優しい店主が気づかぬうちに偏見の片棒を担いでしまうような現状は、非常に悲しいことです。今こそ、私たち読者も書店の棚に関心を持ち、応援したい店を選ぶ視点を持つべき時が来ているのではないでしょうか。書店員の方々が持つ本来の輝きが、これ以上失われないことを切に願います。

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