開高健が歩いたベトナム戦争の記憶|戦争証跡博物館とブーゲンビリアが伝える平和への覚悟

ベトナムのホーチミン市は、かつてサイゴンと呼ばれていました。2020年1月21日、この歴史の息吹が残る街の最終日に、ノンフィクション作家の堀川惠子氏は戦争証跡博物館へと足を運びました。道すがら目にとまるのは、南国の強い日差しを浴びて咲き誇るブーゲンビリアの花です。かつて作家の開高健氏は、この花をその質感から「紙の花」と表現しました。日本の鉢植えとは異なり、現地のブーゲンビリアは建物の3階に届くほどの生命力に満ち溢れています。

博物館の入場料は4万ドンで、日本円に換算すると約200円です。1階の展示室には、世界中で巻き起こったベトナム戦争への反対運動が紹介されていました。日本の「ベ平連(ベトナムに平和を!市民連合)」の旗や写真も展示され、館内にはジョン・レノンの名曲『イマジン』が流れています。SNS上でも「当時の反戦の熱気が伝わる」と話題になる空間ですが、著者はどこか情緒的な演出に対して、最初は少し拍子抜けしたような感覚を抱いたそうです。

しかし、2階や3階へと進むにつれて雰囲気は一変します。そこには戦闘の生々しい現実を伝える写真が厳然と並んでいました。特にアメリカ軍が散布した枯葉剤による、人体への甚大な影響を示した展示は言葉を失うほどの衝撃を与えます。枯葉剤とは、植物を枯らすために使われた強力な化学兵器です。これが人間の遺伝子をも破壊し、世代を超えて今なお多くの子供たちや家族を苦しめているという残酷な現実に、著者は息苦しさを覚えました。

日本ではかつて話題になった「ベトちゃんドクちゃん」の記憶も薄れつつあります。ですが、現地では今もなお戦争の爪痕が残されており、決して過去の出来事ではないのだと痛感させられます。SNSでは「教科書だけでは分からない本質がここにある」という声が散見されますが、まさにその通りでしょう。著者が涙を流した隣では、アメリカ人と思しき若者も頭を抱えていました。見学を終えた人々は誰もが言葉を失い、青ざめた表情で立ち尽くしています。

出口へ向かうと、再び『イマジン』のメロディが聞こえてきました。凄惨な現実を目の当たりにした後では、その楽曲が少し軽薄に感じられたのかもしれません。重厚な鎮魂曲であるアルビノーニの『アダージョ』こそが相応しいのではないかと感じつつ外へ出ると、そこには再び鮮やかな大輪のブーゲンビリアが佇んでいました。半世紀前、この場所で多くの命が失われたときも、この花は人間の愚かな営みをじっと見つめていたはずです。

開高健氏は著書『サイゴンの十字架』の中で、この植物を「死者の花」とも称しました。犠牲となった人々の命を栄養にして咲き誇り、生き残った人間に厳しい覚悟を迫る存在なのだと説いたのです。壮絶な戦場をその目で見た開高氏でさえ、自分の表現を「真っ赤なニセモノ」と嘆きました。戦場を知らない私たちが過去の戦争に向き合うのは容易ではありません。しかし、美しさの裏に鋭い刺を持つブーゲンビリアは、私たちに歴史から目を背けるなと警告しているようです。

筆者は、歴史を単なる「知識」として消費するのではなく、自分事として捉える凄まじい覚悟が必要であると強く主張しています。私たちは戦争の悲劇を忘却してはなりません。現代を生きる私たちも、この美しい花が秘めた痛烈なメッセージを受け止め、平和の尊さを深く胸に刻み込むべきではないでしょうか。夕暮れ時のホーチミンの街を歩きながら、風に揺れる花が私たちにその覚悟を厳しく問いかけているように思えてなりません。

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