東南アジアの観光ビジネスが、猛威を振るう新型コロナウイルスによる肺炎の拡大で大打撃を受けています。中国政府が2020年1月27日から海外への団体旅行を禁止したため、書き入れ時である旧正月「春節」のシーズンにもかかわらず、各地のホテルやツアーでは信じられないほどのキャンセルが相次いでいるのです。
SNS上でも「楽しみにしていた旅行が台無しになった」「観光地から一瞬で人が消えた」といった悲痛な声が溢れており、事態の深刻さがうかがえます。フィリピン政府は2020年1月28日に中国人客の入国を制限する決断を下すなど、周辺諸国も一斉に厳しい防衛策へ舵を切り始めました。
特に中国人に大人気のリゾート国であるタイでは、経済的なマイナス影響が3000億円を突破する見通しが出ています。これは2003年に世界を震撼させた重症急性呼吸器症候群、いわゆる「SARS(サース)」の被害をはるかに凌駕する恐れがあり、世界的な経済の冷え込みが強く懸念されるでしょう。
タイ南部の美しい楽園プーケットで観光船などを手がける現地法人の経営者は、「今後の予約の6割が白紙になった」と頭を抱えています。団体旅行の禁止令が出る前の2020年1月26日の段階でも、乗船客は通常より3割も減少していたというから驚きを隠せません。
実は、中国人が海外へ旅立つ際、香港などを除く渡航先として東南アジアは全体の3割を占める1番の激戦区なのです。中でもタイは日本と並ぶトップ人気を誇っており、2019年には過去最高となる1099万人もの中国人観光客が訪れていました。
今回のウイルスの感染爆発がこれほど経済に響いているのは、中国の大型連休である春節と時期が完全に重なってしまったからです。タイの大手金融系リサーチ機関は、当初2020年1月24日から2020年1月30日までの7日間に、前年を上回る約36万人の中国人が来ると予測していました。
これはタイにとって年間の中国人客の3%にあたり、まさに1年で最も稼げるゴールデンタイムだったはずです。現地のホテル協会長も「ピーク時の宿泊予約の半分は中国人だった」と明かしており、ツアー客が消えた街のダメージは計り知れません。
観光産業はタイの国内総生産、つまり国が1年間に生み出す富の「GDP」の2割近くを支える大黒柱です。地元大学の学長は、今回の新型肺炎によって最大で1000億バーツ、日本円にして約3500億円もの観光収入が消滅するという恐ろしい試算を発表しました。
これは国全体のGDPを0.6%も押し下げる規模であり、一国の経済を揺るがす大事件と言えます。感染への恐怖だけでなく、こうした目に見える経済の崩壊に対して、SNSでは「ウイルスよりも倒産や失業の方が恐ろしい」という現実的な不安の声が急増中です。
同様の悲鳴は、インドネシアの楽園バリ島からも聞こえており、ホテル業界は書き入れ時の大失速に愕然としています。2020年1月28日時点でタイの感染者数は14人に達し、中国に次ぐ多さとなっており、観光客が集まるエリアの警戒心は最高潮に達しているのです。
中国と陸で国境を接する国々は、さらに必死の防衛戦を展開しています。ベトナム北部の国境の街では2020年1月27日から往来が厳しく制限され、ミャンマーの国境でも急きょ体温検知センサーが導入されるなど、現場は戦場さながらの緊迫感に包まれているでしょう。
ミャンマーは欧米からの観光客が減った穴を埋めるため、中国人のビザ要件を緩めたばかりでした。その結果、2019年の中国人客は前年の2.5倍となる約75万人に急増していましたが、今回の騒動で早くもツアー予約の2割がキャンセルされる事態に見舞われています。
一方で、観光施設を閉鎖すべきではないと訴えるマレーシアのように、経済的なつながりを完全に断ち切れない国もあります。同国は2020年に外国人客を3000万人へ増やす国家目標を掲げており、中国からの旅行者を完全に排除できないという苦しい裏事情があるのです。
フィリピン政府は2020年1月28日に、空港に到着してから取得できる簡易的なビザの発給を一時停止しました。同国でも中国との関係改善により、2019年は160万人を超える中国人が訪れていたため、この決断はまさに肉を切らせて骨を断つ苦渋の選択でしょう。
観光業界を支えるのは、その多くが街の小さなお店や個人経営の事業者たちです。シンガポール政府は2020年1月27日に、旅行会社やホテル、飲食店を守るための緊急支援策の検討に入りましたが、一刻も早い救済措置が求められるのは言うまでもありません。
2003年のSARS流行時、アジア開発銀行のデータによれば東南アジア主要5カ国で約8500億円の損失が出たとされています。しかし、当時の中国人の海外旅行者数と比べ、2018年にはその7倍以上となる約1億5000万人が世界へ飛び回る時代へと変化しました。
現在はアメリカと中国の貿易摩擦の影響により、東南アジア各国は輸出が減って景気の後退に苦しんでいます。そこへ降って湧いた新型肺炎の追い打ちですから、今回の危機はアジア全体の景気に決定的な冷や水を浴びせる、極めて危険なトリガーになるでしょう。
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