1990年代初頭、東京・広尾に誕生した「エノテカ」の本店がオープンして半年が過ぎた頃、一人のフランス人男性がオフィスを訪れました。彼の名はドミニク・メネレ氏。フランス屈指のワイン産地、ボルドーからやってきたという彼に対し、正直なところ私は「うさん臭そうな人だな」と警戒心を抱いたことを覚えています。当時、すでに都内にはエノテカよりもはるかに大規模な輸入業者が存在していました。なぜ弱小だった我々に目をつけたのか。私が疑問を投げかけると、彼は「ワインに特化した店作りに感銘を受けた」と答えたのです。
ここで少し専門的なお話をしましょう。ワイン業界で重要な役割を担う「ネゴシアン」という存在についてです。彼らはワインを醸造するシャトー(生産者)からワインを買い付け、在庫管理や世界各地への輸出を担う「酒商」のことです。生産者はワイン造りに専念し、ネゴシアンが販売・流通を請け負うというこの仕組みは、ボルドー地方独特の効率的なビジネスモデルです。ドミニク氏は当時、現地でもトップクラスの規模を誇るネゴシアンでした。日本の将来性を見抜いていた彼の先見の明には、今さらながら驚かされます。
経営の真髄を教わった「カイザー」との出会い
ドミニク氏とは約10年間にわたり二人三脚で歩みましたが、やがて彼からの紹介などを経て、私はボルドー最大手のネゴシアン「ジョアンヌ」を率いるピエール・アントワーヌ・カスティジャ氏と出会うことになります。彼こそが、ボルドーワイン界の「キング・オブ・ネゴシアン」です。私は敬意と愛情を込め、二人で食事をする際には彼をドイツ語で皇帝を意味する「カイザー」と呼んでいます。彼との仕事を通じて、ワインの目利きだけでなく、経営そのものを学ばせていただきました。
カスティジャ氏が率いるジョアンヌの社風は実に魅力的です。アジアなどの重要拠点には積極的に女性を登用し、若い世代にも活躍の機会を平等に与えています。何より素晴らしいのは、社員全員がワインに対する深い愛情と、自分自身の確固たる好みや信条を持っていることです。トップの命令だけで動く組織ではなく、社員一人ひとりがプロとして輝くその姿勢は、エノテカの経営においても非常に大きな参考となりました。まさに、最高のビジネスパートナーと言えるでしょう。
このエピソードは、当時のワイン愛好家の間でも「エノテカの情熱が海を越えた」と語り草になり、SNS上では「単なる輸入業者ではなく、生産者と心を通わせる姿勢に感動した」「ワイン選びの背景にある物語を知ると、味わいまで深く感じる」といった称賛の声が寄せられました。私自身、ワインビジネスとは単なる物販ではなく、人との絆や信頼関係を醸成する文化そのものだと確信しています。これからも、生産者の思いを日本の皆様に届ける架け橋でありたいと願っています。
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