中世の面影を色濃く残す、ドイツのドナウ川沿いにある美しい街レーゲンスブルクをご存じでしょうか。詩人の四元康祐さんがこの地を訪れた際のエピソードをもとに、ヨーロッパ人と日本人のコミュニケーションの本質的な違いについて深く考えさせられる論考が、2020年02月07日に発表されました。SNS上でも「言葉を尽くすことの大切さを痛感した」「日本人の曖昧さを見透かされているようだ」と、多くの反響を呼んでいます。
著者の友人が案内してくれた市役所の地下には、かつて各国の使節団が馬をつないだ鎖の跡が今も残されていたそうです。1594年にはこの場所で、現在の欧州議会の原型とも言える「神聖ローマ帝国議会」が開催されました。神聖ローマ帝国とは、中世から近代にかけて中央ヨーロッパを中心に存在した緩やかな国家連合のことです。当時から多種多様な言語が飛び交う国際会議が行われていたという歴史的事実は、私たちに新鮮な驚きを与えてくれます。
ヨーロッパの歴史はまさに戦争の連続でしたが、それは裏を返せば、常に和平交渉を積み重ねてきた歴史でもあります。個人のレベルでも彼らは自己主張が激しく、激しい議論を恐れません。あけすけなドイツ人、老獪なイギリス人、複雑なフランス人と、国民性は違えど全員に共通するのは、自らの意見を決して曲げない頑固さと豊かな饒舌さです。日本人から見れば時に大人げなく映るその執着心は、一体どこから湧き出てくるのでしょうか。
しかし、彼らの視点に立てば、対立を避けて「和」の幻想に閉じこもる日本人の姿こそが奇妙に映るに違いありません。私たちは議論を避けて曖昧な笑みを浮かべる一方で、限界に達すると突然感情を爆発させたり、諦めて逃避したりしがちです。ヨーロッパ人にとって、個人の意見が異なるのは当然の前提であり、だからこそ決定的な破滅を避けるために、言葉の限りを尽くして徹底的に話し合うべきだと考えているのでしょう。
日本の文化が「和」のなかに対立を溶かし込もうとするのに対し、大陸の人々は対立を出し尽くした果てに融和を模索します。日本の詩の原点である「和歌」が調和を目指すのに対し、西洋の文学の源流に「悲劇」という対立のドラマがあることも、この違いを象徴しているようで興味深いと感じます。島国と大陸という地理的条件が、言葉に対する信頼度の差を生んだのかもしれません。
狭い大陸に50以上の国家と無数の民族がひしめき合う環境では、どれほど相性が悪くとも隣人と顔を突き合わせて生きるしかありません。激しい議論の翌日にはケロリと肩を並べて笑い合う彼らのタフさは、その過酷な現実から生まれた生存戦略なのです。私たち日本人も、単に空気を読むだけでなく、異なる意見を持つ相手と徹底的に言葉を交わし合う覚悟を学ぶべきではないでしょうか。
コメント