2019年7月2日、インドネシアのエネルギー業界で、大きな転換点が訪れています。それは、日本の国際石油開発帝石(以下、国際帝石)が主導する巨大な液化天然ガス(LNG)プロジェクト「マセラ鉱区」の開発計画が一転したことです。当初の洋上施設(Floating LNG:FLNG)案から、地域経済への貢献が大きいとされる陸上開発へと変更されたのです。
この劇的な方針転換の背景には、2019年4月に再選を果たしたジョコ・ウィドド大統領(通称ジョコ大統領)が掲げる資源ナショナリズムがあります。ジョコ政権は、自国の天然資源を再評価し、外国企業が持つ権益を国営企業へ買い戻す動きを活発化させているのです。これは、国内での雇用創出と経済成長の加速を強く意識した政策と言えるでしょう。
実際、2018年には、数年にわたる激しい交渉の末、世界最大級の銅金鉱山「グラスベルグ」の運営会社の株式過半数を、アメリカのフリーポート・マクモラン社から取得しました。また、スマトラ島の大型油田「ロカン鉱区」についても、2021年以降の採掘権をアメリカのシェブロン社から国営石油会社プルタミナに移管することを決定しています。ジョコ大統領は選挙戦で「私はナショナリストだ」と繰り返し、「インドネシアの繁栄と発展のためなら私は何も恐れない。天然資源を外資から取り戻した」と、これらの実績を盛んにアピールしました。
SNS上では、このようなジョコ政権の動きに対し、「自国の資源を自国で管理するのは当然の流れだ」「雇用が増えるなら大歓迎」といった賛同の声が上がる一方で、「外資企業との関係悪化が心配」「資源開発の技術力や資金力を国営企業だけで賄えるのか」といった懸念の声も一部で見受けられます。しかし、現状は、ベトナムなど周辺国との競争激化や海外からの直接投資の伸び悩みもあり、政権としては、このナショナリズムをテコに経済のテコ入れを図りたい狙いがあるのでしょう。
マセラ鉱区「陸上開発」へのこだわり:ジョコ大統領の戦略的判断
今回、国際帝石が進める「マセラ鉱区」のLNG開発計画が、当初の洋上施設(FLNG)から陸上施設(Onshore LNG)へと変更されたのは、ジョコ大統領の強い意向が反映された結果でしょう。LNGとは、天然ガスを-162°C以下まで冷却し、体積を約600分の1に液化させたもので、効率的な輸送を可能にするクリーンエネルギーです。FLNGは、文字通り海上に浮かべた施設で天然ガスを液化し輸出する手法で、陸上開発に比べて環境負荷が少なく、初期投資を抑えられるメリットがありますが、地域経済への直接的な貢献(特に雇用創出)は限定的です。
一方、陸上開発は、大規模なプラントを建設する必要があるため、建設段階から長期にわたって、多くの労働力と関連産業の誘致を生み出します。これは、ジョコ大統領が最優先課題とする雇用創出を具体的に実現するための、格好のアピール材料となるはずです。過去最大級の案件であるマセラ鉱区の開発を、何としても自国の主張である「陸上開発」でまとめ、地域の経済活性化に繋げたかったことは間違いありません。大統領再選を急ぎたかった案件であり、選挙後の勢いそのままに、この大きな決断を下したと推察できます。
私見として、ジョコ大統領のこの決断は、短期的な政治的アピールに留まらず、インドネシアの長期的な経済発展を見据えた戦略的な一手であると考えます。天然資源の恩恵を、首都ジャカルタだけでなく、資源のある地域社会へ直接還元しようとする姿勢は評価に値します。もちろん、外資企業との交渉や技術面での課題は残りますが、資源の自国管理と雇用創出を両立させるという強い意志が感じられるでしょう。
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