2019年7月2日、米国株式市場、特にIT(情報技術)企業の間で、経営者の「権力」が著しく増大している状況が注目を集めています。これまで長く資本主義の根幹をなしてきた「上場企業は株主のもの」という原則が、今、大きく揺らぎ始めているのです。
この新潮流の背景には、新規株式公開(IPO)における、ある特殊な動きがあります。それは、創業者などの経営陣に対し、一般の株主よりも多くの議決権を割り当てる「複数議決権付き種類株」の発行が常態化している点でしょう。これにより、企業が上場した後も、創業者が強固な支配権を維持することが可能となっています。シリコンバレーでは、さらに一歩進んで、創業者がより優位性を保てるような新しい証券取引所を設立する動きまでもが生まれているのです。
こうした経営者優位の動きに対し、警鐘を鳴らし続けている団体があります。首都ワシントンに本拠を構える米機関投資家評議会(CII)です。CIIは、ライドシェア大手のリフトや写真共有サイトのピンタレスト、サイバー攻撃対策サービスのクラウドストライクなど、種類株を発行して上場を目指すハイテク企業の経営陣に、公開書簡を送り続けています。彼らの懸念は、複数議決権付き種類株が、一般の少数株主の意見が届きにくくなる状況を生み出すという点にあります。
しかし、この不安は残念ながら現実のものとなっているようです。2019年6月に上場したクラウドストライクの創業者であるジョージ・カーツ最高経営責任者(CEO)は、種類株発行の再考を求めるCIIからの公開書簡について、「読んでないのでコメントしようがない」と素っ気ない態度を示しています。CIIからの批判を気にする様子は全く見られず、実際、これまでCIIの要請によって種類株発行が取りやめになった事例は、今のところ確認されていないようです。
この「株主主権」の形骸化は、近年、急速に進んでいます。米フロリダ大学の調査によると、直近のハイテク企業のIPOのうち、約3割で経営支配権の維持を目的とした種類株の発行が行われているとのこと。CIIのケン・バーチュ事務局長は、「未公開の状態でも容易に資金調達ができるため、経営者の力が強くなっている」とこの状況を分析しています。米公的年金などが加盟し、総額4兆ドル(当時の日本円で約430兆円)という巨大な運用資産を誇るCIIをもってしても、この経営者優位の流れは止まらないのが現状でしょう。
ウォール街への反発と新しい証券取引所の胎動
なぜ、これほどまでに経営者側が支配権の維持にこだわるのでしょうか。米シリコンバレーの著名な起業家であるエリック・リース氏は、ハイテク業界の声を代弁し、「多くの経営者は、株主からの圧力で四半期ごとの業績達成に追われれば、近視眼的で悪い経営判断を招くと感じている」と説明しています。確かに、かつての米ヤフーのように、アクティビスト(物言う株主)の介入によって経営が不安定になってしまった事例もあります。年金基金などの有力な機関投資家から反対を受けても種類株の発行が続くのは、短期的な利益追求を強いる「ウォール街」の株主主権的な圧力に対する、強い反発も背景にあると言えましょう。
こうした現状を打破しようと、リース氏は有力な起業家たちと手を組み、新しい証券取引所の設立に奔走しています。その名も「ロングターム証券取引所」で、すでに米当局からも開設の承認を得ています。この新しい取引所では、創業者など、株式を長期にわたって保有する株主に対し、より多くの議決権を配分する独自のルールを導入したい考えです。自分たちが理想とする取引所がなければ、自ら新しく創り出してしまうという、豊富な資金力と、まさしくシリコンバレーの起業家精神がなせる業だと言えるでしょう。
この新たな動きは、株式会社と市場の関係における大きな転換点を示しています。潤沢な資金が市場に溢れる「カネ余り」時代の、一時的な「あだ花」なのでしょうか。それとも、より進化した資本主義の「胎動」なのでしょうか。現時点でその本質を見極めることは容易ではありませんが、資本主義の根幹を揺るがすような変化が起きていることだけは間違いないでしょう。私たち編集部としても、今後もこの新しい資本主義のあり方について、注目し続けていく所存でございます。
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