日本は世界でも類を見ない**「現金大国」です。現在、家計が保有する現金の残高はなんと90兆円を超えており、その中には、資産課税を逃れる目的などで富裕層が秘密裏に隠し持つ「タンス預金」も相当な額が含まれていると考えられています。筆者が以前耳にした、ある地方都市の資産家が国税の家宅捜索を受けた際のエピソードは、まさにその実態を物語っています。早朝、捜査令状を手に訪れた国税局の一団は、資産家の広大な屋敷の隅々までを徹底的に捜索しました。資産家は居間で黙考を決め込んでいましたが、リーダー格の捜査官は静かに世間話を振ってきます。
やがて、資産家がふと窓越しの庭の「置き石」に目をやった、その一瞬。リーダーが「あそこだ」と指示を出しました。掘り起こされたのは、100万円分の札束が数百個も納められた大型金庫。隠しおおせるという自信を打ち砕かれた資産家は、常にリーダーの鋭い視線が自分に注がれていたことに、事件後改めて気づいたと言います。こうした「アンダーグラウンド・マネー」は極端な例ですが、一般的な家庭のタンスに眠る紙幣も含めた「退蔵現金」を、いかに消費や投資へと引き出すか。これこそが、平成から続くデフレ経済に終止符を打つ、重要なカギの一つだと考えられるでしょう。
令和の新時代へ!紙幣刷新に込められた政府のデフレ脱却への強い思惑
2019年4月、麻生太郎財務相は、1万円、5千円、千円の日本銀行券(お札)3種を2024年に刷新すると発表しました。この刷新には、タンス預金などの退蔵現金を市中に「引っぱり出す」という意図が込められています。新元号「令和」への改元による一新ムードと相まって、政府としては早い時期にデフレ脱却を宣言したいという強い思惑があるのでしょう。
新しいお札の肖像画は、高額なほうから順に、現在の福沢諭吉から渋沢栄一へ、樋口一葉から津田梅子へ、野口英世から北里柴三郎へと代わります。東京・西ケ原にある国立印刷局東京工場では、工芸官と呼ばれる専門職が日々、偽造防止のための精密な原図の彫刻や描画の準備に追われています。工芸官たちは、最新の印刷技術と「秘伝のセンス」を駆使し、万が一にも偽造されないデザインを作り出すのです。新紙幣には、角度を変えると肖像が回転したように見える「最先端のホログラム」などの技術が採用される予定です。
前回のお札の刷新は2004年11月でしたが、偽造技術のイノベーションも絶えず進化している現状を鑑みれば、流通しているお札にも「お役御免」を願うのはやむを得ない判断だと言えるでしょう。ただし、国民としては、お札の製造や刷新にかかる公的なコストにも目を向けたいところです。国立印刷局の人員は約4,500人、お札関連事業にかかる人件費は年間280億円ほど(2017事業年度)にも上るのです。
日本と英国の決定的な違いが示す、タンス預金「掘り起こし効果」の限界
しかしながら、これほどコストをかけて紙幣を刷新したとしても、タンス預金を強制的に掘り起こす効果は、日本ではさほど大きくないかもしれません。なぜなら、日本銀行法の定めにより、新しいお札が出回る2024年以降も、額面1円未満のものなどを除き、旧札の通貨としての効力は失われないからです。自動販売機やATM(現金自動預払機)は新札に対応するために更新されますが、退蔵そのものが目的となっている旧札は、価値が不変であるため、アングラマネーを含め金庫にしまい込まれたままになる可能性が高いでしょう。
この日本のやり方は、他国と比較すると極めて異なっていると言えます。筆者は最近、2014年から3年間駐在していたロンドンを再訪した際、使い残したポンド札を地下鉄の駅の機械に入金しようとしました。しかし、機械はお札を受け付けません。その間に、英国では洗濯機で洗っても破れないプラスチックフィルム素材の新札へと切り替わっていたのです。英中央銀行のイングランド銀行は、新札の流通開始からわずか1年も経たないうちに、旧札の効力を失わせていたのです。
スーパー、レストラン、タクシーなど、ロンドン市内のあらゆる場所で旧札での支払いは断られます。新札への交換は、預金口座がない場合、ロンドンの金融センター「シティー」にあるイングランド銀行本店に持ち込む必要があります(遠方からの郵送も可能)。このように、英国は「旧札を根こそぎ回収してしまおう」という姿勢が徹底しているのに対して、日本では現在でも1885年(明治18年)に発行された旧壱圓券が通用してしまうのです。
SNSの反響と筆者の提言:日銀法改正で「福沢諭吉」に名実ともに引退を
この紙幣刷新のニュースは、発表直後からSNS上で大きな話題となりました。「偽造対策は重要だけど、タンス預金が動くかは疑問」「イギリスみたいに旧札の期限を区切らないと意味がないのでは?」といった、紙幣刷新による消費・投資喚起効果の限界を指摘する声が多く見受けられます。また、新しい肖像画に関して「渋沢栄一は日本の資本主義の父だからふさわしい」「津田梅子や北里柴三郎も教科書で馴染み深い偉人だ」と、デザイン変更を歓迎する意見も目立ちました。
しかし、筆者は、このままではお札の刷新によるデフレ脱却効果は期待できないと考えます。お札の肖像画は「死後一定の期間が経過し、名声が確立した人から選ぶのが通例」だと国立印刷局の担当者が語るように、福沢諭吉、樋口一葉、野口英世といった偉人たちの功績が色あせることはありません。
ですが、ここはデフレ脱却という国家的な課題に挑むため、思い切って日本銀行法を改正し、旧紙幣の通用期限を設けるべきです。そうすることで、タンス預金の持ち主たちに「動かさざるを得ない状況」を作り出し、福沢諭吉らには名実ともに「引退」してもらうときが来ているのではないでしょうか。消費や投資を刺激し、デフレの鎖を断ち切るためにも、政府にはより強い決断**が求められているでしょう。
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