2019年6月14日、アジア市場において、家電製品や自動車部品などに幅広く使用されるABS樹脂(アクリロニトリル・ブタジエン・スチレン樹脂)の価格が急落し、実に2年9ヶ月ぶりの安値水準に達しました。その背景には、米中貿易摩擦の長期化があります。この摩擦をめぐる不確実性から、最大の消費地である中国がプラスチック素材の調達を大幅に手控えていることが、今回の価格下落の主要因となっているのです。
アジア市場でのABS樹脂の取引価格は、現在1トンあたり1,400ドル前後で推移しています。これは、直近のピークであった2019年4月の価格と比較して1割以上も安い水準です。この異例な値崩れは、米国の対中制裁関税「第3弾」の発動、そして「第4弾」への動き出しが市場心理を急速に悪化させた結果でしょう。特に第3弾では家電製品や自動車部品が対象となり、もし第4弾が発動されれば、玩具や複合機といったABS樹脂を大量に使う最終製品も対象に含まれてしまいます。
通常、玩具などは米国のクリスマス商戦に向けて、春以降に中国での原材料調達が増える傾向があります。しかし、今年は中国系の輸入業者の調達の動きが極めて鈍く、「相場を押し下げる大きな要因になっている」と国内メーカーからも懸念の声が上がっているのです。ABS樹脂の世界消費量は年間およそ900万トンですが、そのうち北東アジア、特に中国が全体の約半分を占めています。その中国で、「例年需要が盛り上がる4月から6月にかけて、1月から3月よりもむしろ需要が落ち込んでいる」という状況は、素材市場にとって非常に深刻な事態だと言えます。
さらに、最終製品メーカーの間では、米国向け製品の生産拠点を中国から他国へ移転する動きも顕在化し始めました。これに伴い、日本のABS樹脂メーカーには、素材の出荷先を変更してほしいという要請も入っているとの情報があります。この調達の減少と生産拠点のシフトが、素材の供給過多を引き起こし、メーカーの収益を圧迫しているわけです。加えて、ABS樹脂の原料の一つであるアクリロニトリルが高値で停滞していることも、樹脂メーカーの収益悪化に拍車をかけている要因です。このため、アジアのABS樹脂メーカーでは、すでに減産に踏み切る動きも見られています。
機能性樹脂にも広がる「米中摩擦ショック」
米中貿易摩擦の悪影響は、ABS樹脂にとどまらず、他の高機能なプラスチック素材にも波及しています。その代表例がポリカーボネート(PC)樹脂です。PC樹脂は、透明性と耐衝撃性に優れ、建設資材や自動車部品、そしてパソコン、携帯電話、ゲーム機といったエレクトロニクス製品に欠かせない**エンジニアリングプラスチック(エンプラ)**です。エンプラとは、高い強度や耐熱性、耐久性といった優れた機能を持つ高性能プラスチックの総称であり、工業製品の軽量化や高性能化に貢献する重要な素材です。
PC樹脂もABS樹脂と同様に価格が下落傾向にあり、アジア市場では2019年2月から3月にかけては1トンあたり2,100ドル台で取引されていましたが、現在は2,000ドルを割り込んでいます。「米中貿易摩擦で将来的に需要が冷え込むのではないかという見方が、心理的な重圧となっている」と国内メーカーは分析しています。この不安に加え、中国で予定されているPC樹脂の生産能力増強も、価格を下押しする要因の一つとなっています。
現時点では、PC樹脂の中国への輸入自体は大きく落ち込んでいないとの指摘もありますが、貿易摩擦の激化が続く中で、「幅広い樹脂の需要の伸びが鈍化する」という懸念は市場全体でますます強まっています。私見ですが、この現象は単なる価格変動ではなく、世界のサプライチェーンが中国依存から脱却しようとする大きな構造変化の初期段階を示すものでしょう。中国の需要減退と生産シフトの動きが重なり、アジアの素材産業はまさに変革の時を迎えている、と言えるのではないでしょうか。この「素材デフレ」の波紋は、今後も電子機器や自動車といった最終製品の価格や供給体制に大きな影響を与えるでしょう。
SNS上では、この樹脂価格の下落について「中国の工場からの発注が本当に減っているのを感じる」「家電メーカーの在庫調整が本格化してきた証拠だ」「製造業の景況感悪化が数字として出始めた」といった、現場の状況を裏付けるようなコメントや、「この価格下落で製品のコストはどうなるのか?」という消費者の視点からの反応が多く見受けられます。多くの関係者が、この貿易摩擦の動向を固唾を飲んで見守っている状況です。
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