2019年6月15日現在、障害を持つ人々の文化芸術活動を後押しする「障害者文化芸術活動推進法」が施行されてから1年が経過し、舞台芸術を鑑賞するためのサポート体制が大きく広がっています。これまで物理的な設備、いわゆるハード面の整備に焦点が当てられがちでしたが、近年は視覚障害者向けの音声ガイドや、聴覚障害者向けの字幕付き上演など、ソフト面での支援が飛躍的に充実してきたのです。これは、文化的な体験を誰もが享受できる社会へと進化していく上で、非常に重要な一歩だと感じています。
特に話題を呼んでいるのが、劇団四季が提供する字幕サービスです。2019年5月9日から、大阪四季劇場(大阪市)でも利用可能となり、北海道、福岡に続き3カ所目の導入となりました。このサービスでは、眼鏡型ディスプレイに字幕が表示される仕組みで、観客は舞台の感動を逃すことなく、同時にセリフを読むことが可能になるのです。当初はインバウンド、すなわち訪日観光客の集客を主な目的としていましたが、劇団四季の松橋直人・関西営業部長は「耳の不自由な人からの評判がよかった」と予想外の反響があったことを明かしています。このサービスでミュージカル「リトルマーメイド」を鑑賞した山口文子さんは、「言葉にできないほど感動した」と喜びの笑顔を見せました。これまでは上演台本を事前に借りるなどして楽しんでいたそうですが、「リアルタイムでセリフが分かるので、拍手するタイミングが皆と一緒なのがうれしかった」との感想は、鑑賞の臨場感や一体感を共有できる喜びを雄弁に物語っていますね。
👀 視覚・聴覚の垣根を越えるサポート体制
また、新国立劇場(東京・渋谷)では、視覚と聴覚の両方に障害のある人々を対象とした「観劇サポート」が導入され、大きな注目を集めました。2019年4月20日と21日に上演された演劇「かもめ」では、2日間で合計26人の障害者がこのサポートを利用しています。同劇場は2018年12月からこの観劇サポートを試行的に導入しており、「かもめ」は2作品目にあたります。具体的には、20日には聴覚障害者向けにポータブル字幕機の貸し出しや、館内の案内サインを大きく表示するなどの支援を実施しました。そして21日には、開演前に視覚障害者向けの説明会を開催し、観客は実際に舞台に上がって、セットや小道具に触れてその雰囲気を感じ取るというユニークな体験を提供しました。「思ったより狭いなあ」「本物の岩みたいにゴツゴツしている」といった声が聞かれ、セットの位置関係や小道具の感触を確認しながら、芝居のイメージを膨らませたと言います。さらに、あらすじや出演者自身による登場人物の説明を収録した音声プログラムも提供され、上演中は一般の観客と一緒に舞台を楽しめる体制が整えられたのです。
しかしながら、このような視覚・聴覚障害者向けの観劇支援を実施している劇場は、まだ決して多くはありません。導入している劇場でも、いかに鑑賞の質を高めるかという試行錯誤が続けられています。字幕や音声ガイドの制作にはコストがかかり、さらにそれを提供するスタッフの育成も不可欠となるからです。たとえば、単にセリフを文字にするだけの字幕では十分とは言えません。効果音や声の調子など、視覚では伝わりにくい情報をどのように補うかという工夫が求められます。劇団四季の「リトルマーメイド」では、海の魔女がアリエルに話を持ちかけるシーンで「低くより恐ろしい声」といった説明や、アリエルが地上へ向かう場面では「鎖が解き放されるような音」との表示を加えるなど、臨場感を伝えるための工夫が凝らされています。一方で、松橋部長は「セリフと同様に表示している歌の場面は色を変えるなどまだまだ改良が必要」と、さらなる品質向上への意欲を見せています。
💡 俳優の「声」が届ける舞台の情景
兵庫県立尼崎青少年創造劇場(尼崎市)にあるピッコロシアターでは、2015年度から一部の公演で音声ガイドや字幕を導入しています。特に音声ガイドでは、劇場後方に設けられたブースから、舞台の情景や役者の表情、動きなどの視覚的な情報を音声で実況解説する手法を採用しています。利用者はイヤホン型のレシーバーでこの解説を聞きながら観劇できるのです。解説を行うのは、なんと兵庫県立ピッコロ劇団の俳優たち。「暗闇に浮かび上がる不気味な森。黒い衣装に身を包んだ妖しげな一団が現れました」といったように、時には声色を交え、雰囲気たっぷりに解説を届けています。音声ガイドの台本は、演出家や俳優を交えて議論しながら作成し、舞台げいこにも立ち会って、言葉の選び方や、話すタイミングを緻密に調整しているそうです。同劇場の古川知可子・広報交流専門員は、「舞台のことを知っている俳優が解説することで、イメージがより鮮明に伝えられる」と、その効果を強調しています。舞台のプロが解説に携わることで、観客の得る感動や理解度が格段に向上するというのは、まさに目から鱗の発想ではないでしょうか。
🤝 高齢化社会と新しい観客層の開拓
ノウハウの共有も進んでいます。ビッグ・アイ共働機構(堺市)は、2001年のビッグ・アイ(国際障害者交流センター)設立当初から、障害者が共に楽しめる舞台芸術の創造に取り組み、主催公演を通じて手話通訳や字幕、音声ガイドのノウハウを蓄積してきました。その経験から、各地の劇場からの相談にも積極的に応じており、鈴木京子アーツエグゼクティブプロデューサーは「この3年で相談件数が目立って増えてきた」と語っています。その背景には、2016年に施行された「障害者差別解消法」や、2020年のオリンピック・パラリンピック開催に向けた環境整備への意識の高まりがあると言えるでしょう。担当者によって対応への温度差はまだあるものの、「2018年の『推進法』で予算が付くようになったので、やってみようという施設が増えるのではないか」との期待が寄せられています。
障害者向けの舞台やイベントの企画・運営を手掛けるリアライズ(大阪市)の南部充央ディレクターは、さらに視野の広い視点を提示しています。「障害者サポートというと、ごく限られた少数の人向けと思われがちですが、年を取って聞こえにくくなったり見えにくくなったりした人の助けにもなる」と強調しています。確かに、鑑賞サポートの充実という取り組みは、単に障害者支援という枠組みに留まらず、高齢化が進む現代において、これまで劇場から足が遠のいていた人々、すなわち新たな観客の開拓にも繋がる可能性を秘めています。すべての人に開かれた文化芸術の場を作ることは、社会全体の**QOL(生活の質)**を高めることにも貢献するのです。劇場が率先してバリアフリーを進めるこの動きは、日本の文化・社会の成熟を示す、誇るべきトレンドだと私は確信しています。
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