ガスの供給というインフラを支える「技術屋」が、なんと「お風呂屋」のプロデューサーへと華麗なる転身を遂げました。西部ガスの小玉恵三氏は、2019年12月13日に福岡市でグランドオープンを迎える温浴施設「ヒナタの杜 小戸の湯どころ」の開館準備に全力を注いでいます。一見すると、エネルギー業界からレジャー産業への参入は畑違いに思えるかもしれません。しかし、小玉氏は長年培った技術職としての矜持を胸に、企画から設計に至るまで一切の妥協を許さない姿勢でこのプロジェクトを形にしてきました。
福岡市の美しい博多湾を臨む小戸公園のすぐそばに誕生するこの施設は、木の温もりをふんだんに取り入れた温かみのあるデザインが特徴です。その外観はまるで洗練されたカフェを彷彿とさせ、従来の「銭湯」というイメージを鮮やかに塗り替えています。小玉氏が掲げたコンセプトは、単に入浴する場所を提供するのではなく「心ゆくまでリラックスできる心地よい空間の中に、たまたまお風呂がある」というもの。訪れる人々が日常の喧騒を忘れ、自分の家のように寛げる場所を目指しています。
ガス自由化の荒波が生んだ「非ガス」事業への挑戦
この大胆な挑戦の背景には、エネルギー業界を取り巻く劇的な環境変化がありました。2016年に実施された「ガス小売り自由化」を目前に控え、西部ガスは大きな転換点を迎えていたのです。ガス小売り自由化とは、それまで地域ごとに独占されていた家庭用ガスの販売が開放され、消費者が契約先を自由に選べるようになる制度を指します。この競争激化に対応するため、同社は連結売上高に占めるガス以外の事業比率を2割から5割にまで引き上げるという、野心的な中期経営計画を打ち出しました。
当時、経営企画部門でこの計画の策定に携わっていた小玉氏は、その後自ら「非ガス事業」の芽を育てる役割を担うことになります。事業開発部へと異動した彼が目をつけたのが、グループ内から寄せられた「温浴施設」というアイデアでした。もともと銭湯好きだった小玉氏は、ガスというエネルギーを使って「お湯のある暮らし」を支えてきた自社の強みと、温浴ビジネスの親和性の高さに勝機を見出したのです。経営陣から承認を得た2018年、この壮大なプロジェクトが本格的に始動しました。
泥臭い「証拠」の積み上げが生んだ、女性に優しい空間
「これまでにないオリジナリティーを」という経営陣からの高い要求に対し、小玉氏が武器にしたのは技術職時代に染み付いた徹底した調査力でした。彼はかつてガス漏れ調査や配管設計の現場で、スコップを手に泥にまみれながら確かなデータを積み上げてきた実績があります。この「エビデンス(客観的な根拠や証拠)」を重視する手法を、サービス開発にも応用しました。ターゲットを女性に定めると、彼女たちが本当に求めるものを探るため、人気の飲食店を20軒以上も自ら食べ歩くという熱量を見せています。
さらに、露天風呂に使用する石ひとつ選ぶのにも妥協せず、山奥の業者まで直接足を運んで吟味を重ねました。こうした泥臭いまでのフィールドワークを経て、ようやく「女性が第二の我が家としてくつろげる空間」という唯一無二の企画が結実したのです。ネット上では「ガス会社が作るお風呂なら、設備が凄そう」「内装がオシャレで楽しみ」といった期待の声が寄せられており、従来のエネルギー企業の枠を超えた新しいビジネスモデルとして、地域住民からの注目度も日に日に高まっています。
人口減少や省エネ志向の普及により、ガス事業そのものの大きな成長が難しい現代において、この温浴施設は企業の未来を占う重要な試金石となるでしょう。小玉氏は「最初の一歩を失敗させるわけにはいかない」と強い決意を口にします。地面の下にある導管と向き合ってきた技術者が、今度は地上で人々の笑顔を掘り起こすために、レジャー産業という未知の領域を深く掘り下げています。この挑戦が、西部ガスという企業の新たな伝統を築く「杜」へと成長していく様子を、私たちは見守っていきたいと思います。
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