半導体製造の命ともいえる「感光材」をご存知でしょうか。これは、緻密な回路を描く際に不可欠な光に反応する化学物質で、私たちのデジタル生活を支える屋台骨です。この分野で世界シェア首位を独走する東洋合成工業にて、現在120億円という巨額の工場投資プロジェクトの指揮を執っているのが、取締役の平沢聡美さんです。
2019年11月25日現在、次世代通信規格「5G」の到来を目前に控え、半導体需要の爆発的な増加が予測されています。会社の売上高の半分に相当する社運を賭けた投資に対し、社内からは慎重な意見も噴出しました。しかし平沢さんは、現場の工場長とタッグを組み「需要は必ず増える」と熱意を持って役員会を説得し、未来への布石を打ちました。
彼女のキャリアは決して平坦なものではありませんでした。1988年に日本電気(NEC)へ入社後、26歳で結婚。育児休業から復帰した際は、当時の厳しい社会風土に直面したといいます。当時は「育休を取ると評価がゼロに戻る」と言われた時代。夫の多忙もあり、ほぼ一人で育児をこなす「ワンオペ」状態の中で、悔しさを飲み込む日々が続きました。
大きな転機は32歳の時、夫の米国赴任に伴う退職でした。しかし、これが予期せぬ飛躍のきっかけとなります。渡米直前に舞い込んだ縁で、現地の半導体ベンチャーに参画。博士号を持つ多国籍な同僚たちに囲まれ、必死に英語で議論を戦わせる中で、平沢さんは「日本が持つ技術力の圧倒的な優位性」を再確認し、自信を深めていったのです。
常識を覆し、次世代が歩みやすい道を作る
SNSでは、平沢さんの歩みに対し「夫の転勤をキャリアの断絶ではなく、世界へ出るバネにした強さに勇気をもらえる」といった共感の声が多く寄せられています。米国での経験を経て、欧州系メーカーや米化学大手デュポンなどでキャリアを積んだ彼女は、世界のビジネス前線で活躍する女性たちの姿をその目に焼き付けてきました。
2013年に東洋合成工業へ入社した彼女は、自身の苦い経験を組織の糧に変えています。夜の会食が難しい場合はランチに設定し、部下が気兼ねなく帰宅できる環境を整えるなど、効率的で柔軟な働き方を実践。2017年からはダイバーシティ推進の担当役員として、日本の古い企業体質の変革に挑み続けています。
私は、平沢さんのようなリーダーこそが今の日本に必要だと確信します。単に性別の壁を壊すだけでなく、グローバルな視点で技術の価値を見極める力、そして「5G」という時代の変化を読み切る決断力。これらは停滞する日本経済に一石を投じるものです。彼女の挑戦は、後に続く多くの女性エンジニアにとって輝く道標となるでしょう。
中国の取引先で「日本の女性役員は初めてだ」と驚かれたエピソードは、裏を返せば彼女がフロンティアである証です。平沢さんは、既存の「常識」を一つずつ塗り替え、後進が1パーセントでも歩きやすい社会になることを願っています。2019年、54歳。世界を舞台に戦う彼女の「折れないキャリア」は、さらなる高みを目指しています。
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