👵💰 年金「100年安心」は罪作りだったのか? マクロ経済スライドの真意と2000万円問題の波紋を徹底解説!

税金、年金公的、社会保障、保険

2004年の小泉政権時代、厚生労働省の年金改革法案を審議するにあたり、公明党が提唱した「100年安心プラン」というキャッチコピーは、今振り返ると非常に罪深い表現であったと言わざるを得ません。この強気なスローガンは「大きな手直しはもう必要ない」と国民に安心感を植え付けることを狙ったものですが、当時の新聞コラムでも「百年先まで約束すると言えば、世界中の鬼という鬼が笑い狂って悶絶死することだろう」(2004年6月12日「春秋」より)と、強烈な皮肉を込めて批判されておりました。数年先の見通しさえ難しい時代に、1世紀後の高齢者まで安心を約束できると謳ったその軽薄さは、国民の心理に鈍感であった証拠と言えるでしょう。

しかし、2004年改革法案自体は、高齢者の平均寿命の伸長、少子化による現役世代の激減、そして経済成長の鈍化という「3つの逆風」が年金制度に吹きつける状況下でも、負担と給付をマクロの視点から均衡させるための重要な仕組みを編み出しています。それが、あの分かりにくい官僚言葉の極みともいえる「マクロ経済スライド」です。これは平たく言えば、「年金の給付水準を現役世代の賃金や消費者物価の動きに連動させつつ、それらの上昇率よりも年金の上昇率を意図的に低く抑える仕組み」を指します。

具体的にどれだけ給付水準を抑えるかは、平均余命の伸びや現役人口の減少具合を考慮し、年金財政の収支が釣り合うように決定されます。これは、古代中国の賢人たちが説いた「入るを量りて出ずるを制す(収入を見積もって支出を制限する)」という、財政の基本原則に基づいた堅実な考え方と言えるでしょう。また、この改革法のもう一つの成果は、当時、年間の年金給付額の約5年分も積み上がっていた積立金を、計画的に取り崩し、1年分にまで抑えることを決定した点です。これは、積立金がリゾート施設建設資金への流用や、社会保険庁(現日本年金機構)官僚の不正な経費として使われるといった悪弊を断ち切り、本来の目的のためだけに年金財源を使うという、当時の坂口力厚労相の強いリーダーシップの賜物でした。

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野党の反対と政治的力学が制度の持続性を傷つける

しかしながら、この改革法案が国会で審議されていた当時、野党は猛反対の姿勢を崩しませんでした。その理由は「年金が減るのは駄目だ」という一点に尽きるように見受けられます。参議院の厚生労働委員会で民主党議員らが演じた乱闘劇は、有権者受けを狙ったパフォーマンスにしか見えなかったというのが、私の個人的な見解です。攻め立てる野党に対して、政府・与党側は防戦に追われ、結果としてマクロ経済スライドの威力をそぐような特例を設けてしまいました。それが、「名目年金額を前年より下げない」のを原則とする措置です。

この特例がなければ、会計検査院の警告によれば国費3兆3,000億円が節約できていたとされています。政権与党が年金の膨張を抑えるための改革を提起するたびに、野党は「年金カット法案」といったレッテルを貼って批判を展開します。しかも、建設的な対案を持っているようには見えません。にもかかわらず、与党側は正面から批判を突かず、手っ取り早く非難をかわそうと野党の意見に同調し、妥協を繰り返してしまうのです。この政治的力学こそが、年金制度の持続可能性を繰り返し傷つけてきた根本的な要因であると私は考えます。

高齢者に一定の痛みを求める年金改革だからこそ、与野党が腹を割って徹底的に協議し、国民への説明責任を果たした上で成案を得る努力が不可欠でしょう。スウェーデンでは1999年の年金改革の際、与野党の党首級が自らパソコンを持ち寄り、新しい年金の形を議論し詰めました。その結果、政権交代があっても改革が棚上げされることはありませんでした。一方、日本では2004年改革法の不足を修復しようと、2008年に当時の自民・民主党の衆院議員7名が、基礎年金に消費税財源を充てて最低保障機能を強化し、報酬比例年金は自助型の積立方式に移行するという提言を発表しました。

年金問題の「封印戦術」と2000万円問題の騒動

しかし、翌2009年に衆院選で大勝した鳩山由紀夫氏率いる民主党政権は、野党となった自民党との年金協議を拒否しました。その後の民主党政権下で、消費税率を5%から2段階で10%に増税する民自公3党合意は成立しましたが、年金の持続性を強化する改革には、与野党ともに手をつけようとはしなかったのです。2012年末に政権を奪還した安倍晋三首相は、第1次政権時の年金記録問題による参院選大敗の教訓から、年金問題を国政選挙の争点に浮上させない「封印戦術」を徹底させてきたと見受けられます。

そのような状況の中、2019年7月の参議院選挙が目前に迫った今、大きな波紋を呼んだのが、金融審議会の市場ワーキング・グループが公表した報告書を巡る騒動です。この報告書には「高齢夫婦は30年間に貯蓄を2,000万円、取り崩す必要がある」という趣旨の記述が含まれており、これがまたもや野党を勢いづかせることになりました。「100年安心は嘘だったのではないか」という批判が、燎原の火のごとく広がっています。SNSでも、「結局自分で備えろってことか」「年金だけでは生活できないって政府が認めたようなもの」といった反響が噴出し、国民の不安と不満が可視化されたと言えるでしょう。

私は、この金融審の報告書こそが、政府の公式見解として「年金は天から降ってこない」という不都合な真実をあっけらかんと語ったものだと評価しています。年金財源は保険料と消費税という、いずれも限りある財源で賄われています。制度そのものを強く、持続可能なものにしようとすればするほど、多くの高齢者にとって年金だけに頼って生活するのが難しくなるという現実があります。それなのに、「100歳まで安心できる年金ではなかったのか」などと、金融審報告の本質から論点をすり替える野党の批判は、聞くに堪えません。

この機に、安倍政権は「人生100年時代」というなら、いっそ支給開始年齢を70歳に引き上げることを提案してはいかがでしょうか。もちろん、若者を含めた国民全体が被る痛手は小さくないでしょう。しかし、それは遠い将来の世代からはきっと感謝される、持続可能な社会に向けた建設的な一歩となるはずです。

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