2019年6月19日、公的年金だけでは老後に2000万円の金融資産が不足する可能性があるという試算が示された金融庁の報告書が、党首討論で大きな議論を呼びました。この話題は、連日SNS上でも「#老後2000万円問題」としてトレンド入りし、「どうしたらいいの?」「国は年金で面倒見てくれないのか」といった、不安や怒りの声が爆発的に拡散されています。本報告書の作成にワーキンググループの委員として関わられたセゾン投信の代表取締役社長・中野晴啓氏に、騒動の背景にある報告書の真の意図について、詳しく伺ってみましょう。
中野社長は、金融庁の報告書の中で「老後に2000万円が必要」という単純な試算だけが切り取られ、本来議論すべきポイントに目が向く前に「炎上」してしまった状況を非常に残念に思っていると述べられました。報告書には「平均値は意味がない」と明確に記載されているにもかかわらず、その点を無視した批判が展開されていることに対し、本意ではないという強い思いを表明されています。この試算はあくまで「平均的なケース」を示したものであり、個々の状況に応じて必要な金額は大きく異なるという点を、まず理解する必要があるのでしょう。
今回のワーキンググループの報告書が本当に伝えようとしていた重要な論点は、主に以下の3つに集約されると中野社長は解説されました。一つ目は、長期の積み立て・分散投資という堅実な資産形成の手法を国民に広く浸透させること。二つ目は、金融機関が顧客の利益を最優先に考える「顧客本位の業務運営」を徹底すること。そして三つ目は、超高齢社会における金融サービスのあり方そのものを問い直すことです。これら三点を凝縮して示したのが今回の報告書であり、具体的に「つみたて少額投資非課税制度(NISA)」などの改善点も盛り込まれているのです。
世間では、「公的年金で足りない分は相場で勝負して何とかしろ」というメッセージだと誤解されているようですが、中野社長はこれを強く否定されています。報告書は、長期的な視点に立った資産形成を推奨しており、これは短期的な利益を追う投機的行為とは全く異なります。アメリカではすでにこの手法による成功事例が多数存在しており、公的年金の上に私的年金を重ねて、誰もが納得のいく豊かな人生を築いていきましょうというメッセージは、グローバルスタンダードから見ても間違っていないでしょう。これが政治的な争いの道具となっている現状は、極めて遺憾でなりません。
騒動の背景には、公的年金制度そのものに対する国民の根深い不信感があると考えられます。しかし、これまでも公的年金制度が生活のすべてを完全に保障する設計にはなっていません。「100年安心」というフレーズは、現役世代のためではなく、将来の世代に向けて制度を持続可能にするための努力目標として掲げられていたはずです。年金給付が調整されていくという現実については、次の世代のことを考えるならば、ある程度受け入れざるを得ないのが実情でしょう。中野社長は、こうした制度の本質に関する議論こそ、政治の場から積極的に発信していくべきだと主張されています。
さらに、参院選直前という時期が、今回の騒動を増幅させた面も否定できません。中野社長によると、報告書の期限設定には、2019年6月下旬に大阪で開催される「G20サミット」も念頭に置かれていたそうです。高齢化や地域格差に関わらず、すべての人が金融サービスを利用できるようにする「金融包摂(ファイナンシャル・インクルージョン)」は、現在、国際的に非常に重要な課題です。日本は、世界に先駆けて高齢化が進む課題先進国として、この問題に果敢に挑戦しようとしていたのです。このため、報告書作成にあたった金融庁の事務方には、新しい試みへの高揚感すらあったと振り返られています。
日本の金融行政が目指すべき新しい方向性
金融庁が公的年金制度に言及することは「領空侵犯」ではないかという意見も一部にはありますが、中野社長は、公的年金と私的年金の問題は、もはや公私一体となって議論を進めなければならない段階にきていると強く訴えかけます。霞が関という官僚機構に限らず、企業でも縦割り組織になってしまえば、セクショナリズムに陥り、全体最適の視点が失われがちです。今の日本の金融行政において最も重要な課題は、資産運用を中核に据えた新しい金融サイクルを力強く回していくことに他なりません。
そのためには、年金、資産運用、税制など、複数の分野にまたがる政策を一体的に立案・遂行するための新しい外局を政府内に設ける必要があるのではないか、と中野社長は提言されました。現状の組織構造で、これらの複雑に絡み合った課題について一体的な議論を進めていくことには、もはや限界があると言えるでしょう。国民一人ひとりが老後の生活設計に真剣に向き合うためにも、政治には、目先の選挙対策ではなく、真の課題解決に向けた組織改革と長期的なビジョンを示すことが求められています。私も一編集者として、この提言は非常に的を射たものだと感じております。
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