2019年11月14日から15日にかけて、皇位継承に伴う一世一代の重要な儀式「大嘗祭(だいじょうさい)」が執り行われました。この厳かな神事の舞台となる「大嘗宮の儀」において、欠かすことのできない二つの至宝が存在することをご存じでしょうか。それは、徳島県が生み出す麻織物「麁服(あらたえ)」と、愛知県から届けられる絹織物「繪服(にぎたえ)」です。古代より続くこの調進(ちょうしん)の伝統は、まさに日本の魂を織りなす営みと言えるでしょう。
「調進」という言葉には、単に物を納めるだけでなく、神聖な儀式のために真心を込めて準備し、整えて差し出すという意味が込められています。SNS上では「これほどの手間暇をかけて伝統を守っていることに感動する」「日本の手仕事の極致を見せてもらった」といった、職人たちの献身的な姿勢を称賛する声が数多く寄せられました。しかし、その輝かしい舞台裏では、時代の変化に伴う担い手不足という、避けては通れない厳しい現実に直面しているのです。
秘境で守られる聖なる麻「麁服」の伝統
徳島県美馬市の険しい山間部、四国屈指の美しさを誇る穴吹川の源流近くに、その聖域は位置しています。急斜面を登り切った先に現れるのは、鳥居を配し、厳重な柵で囲われた特別な麻畑です。ここで育てられる大麻が、麁服の原料となります。麁服は、儀式の中心となる「悠紀殿(ゆきでん)」と「主基殿(すきでん)」に供えられる極めて重要な供物です。この大役を代々担ってきたのは、古代から宮中祭祀を支えてきた氏族、阿波忌部(あわいんべ)氏の直系である三木家でした。
三木家の現当主である三木信夫さんは、2019年10月27日に麁服を桐箱に収め、無事に送り出しました。大正時代に古文書を紐解き、途絶えていた伝統を復活させた先祖の志を継ぐ三木さんですが、今回の調進を通じて「過疎化による人手不足は前回以上に深刻だ」と危機感を募らせています。麻の栽培には24時間の監視体制など厳格な管理が求められるため、地域の有志による協力が不可欠です。三木さんは、この誇り高き歴史を絶やさぬよう、講演活動を通じて次世代への啓蒙を続けています。
三河の絹が紡ぐ誇り「繪服」に込められた想い
一方、麁服と対をなす絹織物「繪服」は、愛知県豊田市の稲武地区で織り上げられました。この地は伊勢神宮に絹糸を献上してきた歴史を持つ、国内屈指の高品質な絹の産地です。養蚕業自体は近代化の波に押され衰退の危機にありましたが、現在は地元の市民団体「まゆっこクラブ」などが中心となり、地域一丸となってその技術を守り抜いています。大嘗祭という国家的な節目が、地域の絆を再確認し、伝統技術を再活性化させる大きな原動力となっているのです。
今回、調進を取りまとめた「古橋会」の古橋真人さんは、大嘗祭用の糸が通常よりも極めて細く、織る過程で細心の注意が必要であることを強調しています。少しの油断で糸が切れてしまうため、熟練の技と研ぎ澄まされた集中力が要求されるのです。私は、こうした極限の職人技こそが日本文化の本質であり、合理性だけでは計れない価値があると考えます。消えゆく伝統を守るには、彼らの努力を単なる美談に留めず、社会全体でその価値を正当に評価し、支えていく仕組みが不可欠でしょう。
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