2019年11月17日現在、日本の投資家の間では「円安になれば株価が上がる」という図式が当たり前のように受け入れられています。しかし、世界に目を向けると、この関係性は決して標準的なものではありません。主要20カ国・地域(G20)を分析してみると、通貨安が株高に直結する国は日本と米国などごく一部に限られているのが実情です。
SNS上では「輸出企業が儲かるから円安は大歓迎だ」という声が目立つ一方で、「海外旅行が高すぎる」「輸入品の値上げがキツい」といった悲鳴も同時に溢れています。こうした一般消費者の実感こそが、実は現在の日本経済が抱える深刻な歪みを如実に表しているのかもしれません。短期的な株価上昇の裏側で、私たちは大切な「購買力」を失いつつあるのです。
「円安信仰」が定着した歴史的背景と歪んだ構造
なぜ日本はここまで円安を歓迎するようになったのでしょうか。過去のデータを紐解くと、1980年代半ばまでの日本は、実は「円高=株高」という健全な関係にありました。円高は本来、その国の経済的信用が高いことを象徴するポジティブな指標だったのです。しかし、1990年代のデフレ突入を経て、その常識は劇的な変化を遂げることになります。
2000年代以降、自動車や電機といった日本を代表する輸出産業の利益が、円安による為替差益で膨らむ構造が定着しました。ここでいう「為替差益」とは、海外での売上を円に換算した際に、円安によって金額が底上げされる利益のことです。この仕組みが強化された結果、実体経済の強さとは無関係に、為替相場の変動だけで株価が乱高下する状況が続いています。
低下し続ける購買力と「交易利得」の消失
投資家が株高に沸く一方で、日本が世界からモノやサービスを買い付ける力は著しく減退しています。ここで注目すべき指標が「実質実効レート」です。これは物価変動や貿易量などを考慮した通貨の総合的な実力を示す数値ですが、現在の円はこのレートが2000年度と比較して約4割も下落しており、国際的な立ち位置は大きく低下しています。
さらに、貿易によってどれだけ効率的に稼げているかを示す「交易利得」も激減しています。2018年度のデータでは、2000年度の約7分の1という衝撃的な水準まで落ち込みました。円安によって輸入コストが増大し、輸出で得た利益を燃料や原材料の支払いで相殺してしまう「富の流出」が起きているのです。私は、この現状を直視せずに円安を礼賛し続ける姿勢に強い危機感を覚えます。
投資停滞が招く成長の鈍化と世界との格差
円安は企業の海外戦略にも影を落とします。円の価値が下がれば、海外での設備投資やM&A(企業の合併・買収)のコストが割高になるためです。実際に、円安が進んでから数年遅れで企業の海外投資が抑制される傾向がデータからも見て取れます。攻めの投資ができない状況が続けば、日本経済の長期的な成長エンジンは止まってしまうでしょう。
一人あたりの名目国内総生産(GDP)を「購買力平価(PPP)」ベースで比較すると、その差は歴然です。購買力平価とは、各国での物価の違いを調整して、実際にどれだけのモノが買えるかを示す尺度です。2018年までの20年間で、米国は2倍弱、中国は7倍超の伸びを見せたのに対し、日本は7割程度の成長に留まっています。数字は、私たちが感じる「豊かさの停滞」を残酷に証明しています。
「円高恐怖症」を克服し、持続可能な未来へ
日本には根強い「円高恐怖症」が存在します。これは輸入依存度がOECD平均に比べて低いために、円高による家計への恩恵が実感しにくい構造があるからです。しかし、目先の株価を維持するために円安に依存し続けることは、日本経済の「地盤沈下」を加速させる劇薬に他なりません。私たちは、通貨の安売りによる競争力に頼る段階を終えるべき時期に来ています。
編集者として提言したいのは、為替の変動に一喜一憂するのではなく、いかにして円の価値を高め、世界から投資を呼び込める「強い日本」を再構築するかという視点です。株高という目先の果実だけでなく、国民一人ひとりの購買力が向上し、真の意味で豊かな生活を実感できる社会を目指すことこそが、今求められている本質的な議論ではないでしょうか。
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