2019年11月19日、国立劇場で上演されている歌舞伎公演が大きな注目を集めています。今回スポットが当たったのは、平家一門の中でも屈指の剛勇を誇り「悪七兵衛」の名で恐れられた伝説の武将、景清です。かつては数多くの作品が作られた人気ジャンルでしたが、現代では上演機会が限られていました。
主演の中村吉右衛門さんは、実父である初代松本白鸚さんの芸を継承しつつ、自ら「松貫四」の名で脚本を手掛けるなど、この役柄に並々ならぬ情熱を注いでこられました。今回は別作品の要素を巧みに組み合わせ、日向島へ流されるまでの過程を描く通し狂言として、重厚な物語を再構成しています。
物語の核心は、源頼朝を執拗に狙い続ける景清の凄まじい執念にあります。捕らえられた後、頼朝の情け深い言葉に心を動かされながらも、敵の顔を見たくないという誇りを守るために自ら両眼をえぐり取る場面は、観客の心に深い衝撃を刻むことでしょう。SNSでは「吉右衛門さんの凄みのある演技に圧倒された」といった称賛の声が相次いでいます。
親しみやすさと重厚なテーマの狭間で揺れる演出
本作の脚本は、国立劇場文芸研究会によって分かりやすく整えられています。しかし、頼朝襲撃の場面を三保谷との相撲対決というコミカルな趣向に変更した点については、ファンの間でも意見が分かれています。視覚的な楽しさは増したものの、景清が持つ悲壮感や剛毅なキャラクターが少し薄れてしまった印象を拭えません。
特に終盤、重盛の位牌を海へ投げ捨て、娘の糸滝と共に大船で帰還する結末は、伝統的な景清像を知る者からすると、いささかハッピーエンドに寄りすぎているようにも感じられます。個人的には、景清という人物が抱える「孤独な誇り」を最後まで貫き通す演出であってほしかったというのが、一人の観劇ファンとしての率直な感想です。
役者陣に目を向けると、吉右衛門さんの景清は非の打ち所がない見事な造形ですが、前半の襲撃シーンでは、より野性的で剽悍なエネルギーを期待したくなる瞬間もありました。一方で、三保谷を演じた歌昇さんの瑞々しい演技や、東蔵さんの安定感、歌六さん、雀右衛門さんといった実力派の支えが、舞台に豊かな色彩を与えています。
「通し狂言」とは、通常は名場面だけを抜粋する歌舞伎において、物語の全容を最初から最後まで上演する贅沢な形式を指します。2019年11月25日まで上演されるこの意欲作は、古典の継承と新しい解釈の間で模索を続ける、現代歌舞伎の現在地を示していると言えるでしょう。
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