角田光代「ロック母」の舞台・大崎上島を歩く!母と娘の葛藤を癒やす瀬戸内の潮風と独自文化

島という響きから、皆様はどのような風景を連想されるでしょうか。直木賞作家として知られる角田光代さんの名作短編「ロック母」を読み解くため、私は2019年11月下旬、広島県にある竹原港からフェリーに乗り込み、瀬戸内海に浮かぶ「大崎上島」へと向かいました。

船窓の向こうには、大小さまざまな島々が折り重なるように連なっています。それは、作中でシングルマザーになる決意を固めて帰郷した主人公の「私」が、幼少期に島々へ「亀吉」などと名付けて遊んでいた回想シーンそのものでした。穏やかな波に揺られる30分ほどの船旅は、物語の世界へ没入するのに十分な時間です。

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逃亡先にはなれなかった、温かすぎる島の人々

実は角田光代さんがこの島を初めて訪れたのは、あの名作「八日目の蝉」の舞台を探すためだったそうです。しかし、島の方々が旅人にも気さくに応じる温かさに触れ、「ここでは逃亡生活はすぐに露見してしまう」と断念されました。その代わり、この島の美しさに魅了されたことで誕生したのが、川端康成文学賞も受賞した「ロック母」なのです。

物語は、都会での恋に破れた女性が、甘えを求めて故郷へ戻る場面から動き出します。ところが、待ち受けていたのは家事を放棄して伝説のバンド「ニルヴァーナ」を爆音で聴き耽る母親でした。ニルヴァーナとは、1990年代に世界を席巻したグランジ・ロックの象徴であり、魂を揺さぶるような激しいサウンドが特徴のグループです。

SNS上では、この「ロックすぎる母親」という設定に対し、「親も一人の人間であるというリアルな描写が刺さる」「静かな島と爆音ロックの対比が鮮やか」といった驚きと共感の声が多く寄せられています。期待していた平穏とは程遠い環境の中で、出産を控えた主人公の戸惑いは、現代を生きる私たちの孤独ともどこか重なるようです。

橋のない島だからこそ息づく、唯一無二の文学の風

島特有の閉塞感と向き合ってきたのは、架空の人物だけではありません。2003年にこの島へ移住し、雑誌「ヒナタ文学」を発行し続けている日向裕一さんもその一人です。日向さんは、かつて都会で心を痛めた経験を持ちますが、大崎上島の穏やかな時間に救われ、今ではこの地で一生を過ごしたいと願うほど島を愛していらっしゃいます。

大崎上島は、近隣の大きな島々とは異なり、本州と橋で繋がっていない「離島」です。交通の便に制限があるからこそ、外部の影響を適度にはねのけ、独自の文化や濃密な人間関係が守られてきました。日向さんが運営する「ヒナタ文学堂」は、歴史資料館の近くに佇み、島を訪れる人々に新しい視点を与えてくれる大切な拠点となっています。

作品の中で、母への苛立ちを抱えながらも新しい命を産み落とした主人公は、果たしてどのような道を選ぶのでしょうか。私は、この島に流れるゆったりとした時間は、傷ついた心を再生させる不思議な力があると感じています。角田光代さんが捉えた島の光景は、単なる背景ではなく、登場人物たちの人生を静かに肯定してくれる装置なのかもしれません。

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