2019年6月22日、アジア市場においてナイロン繊維の主要な原料であるカプロラクタム(専門用語解説:合成樹脂や合成繊維の原料となる有機化合物で、特にナイロン6の製造に使われます)の価格が、驚くべき急落を見せました。指標価格は前月比で15%も下がり、2年7カ月ぶりの安値水準に達したのです。この劇的な値下がりの背景には、世界経済を揺るがす米中貿易摩擦の激化があり、特に中国の繊維需要の減速懸念が強く影響しています。
具体的には、アジアの指標となる6月契約価格は、前月より270ドル(15%)も低い1トンあたり1,520ドルで合意されました。これは2016年11月以来の安値水準です。この価格は、カプロラクタム国内大手の宇部興産が、台湾や韓国などの大口需要家と決めたものと報じられています。中国国内の価格も同様に下落しており、中国大手が決めた5月分の価格は前月比9%安の1万3,200元(約20万6千円)でした。さらに6月分の仮価格は、需要の先行き不安から複数回にわたり切り下げられ、最終的に1万2,300元となっているのです。
中国の繊維会社などが原料の調達を抑制している主因は、米国の対中制裁関税の動向にあります。米国は5月に「第3弾」の関税率を引き上げたことに加え、「第4弾」の準備を進めています。この第4弾の対象には衣類やスポーツ用品といったナイロン繊維が使われる製品が含まれるため、「ナイロン需要の先行きに対する不透明感から、原料調達の動きが停滞している」(宇部興産)という状況です。ナイロン繊維は、冬物のダウンジャケットの表地などに使われるため、本来であれば在庫を積み増す時期の生産に影響を及ぼし始めていると見られるでしょう。
SNS上でも「米中対立の影響がこんなところにも」「景気減速は化学業界にも直撃か」といった懸念の声が広がっています。中国では、今年1月から4月にかけてのカプロラクタム需要は前年実績を上回っていましたが、最終的なナイロン繊維の需要減少への警戒感から、ナイロン生産や紡績業の稼働率が低下し、結果として原料価格を押し下げる圧力となっているのです。
米中貿易摩擦がもたらすサプライチェーンの再編
この価格急落は、単なる需要減にとどまらず、世界のサプライチェーン(専門用語解説:製品が消費者に届くまでの、原料調達から生産・物流・販売に至る一連の流れのこと)に大きな変化をもたらす可能性を示唆しています。米国にとって、中国は衣類・繊維製品の最大の輸入元です。2018年の米国の紡織品・衣料品の輸入額1,100億ドル(約11兆9千億円)のうち、中国からの輸入が**37%**を占めていました。
しかし、関税引き上げの影響で、この構図に変化が見え始めています。今年1月から4月までの統計では、米国の輸入総額が前年同時期に比べ5%増えているのに対し、中国からの輸入は1%強の減少となったのです。代わりに、ベトナムやインド、バングラデシュといった国々からの輸入が増加しており、関税の影響による代替生産が加速している模様です。
私の意見としては、今回のカプロラクタム急落は、米中対立が世界経済の構造を根本から変えつつあることを如実に示していると言えるでしょう。合成繊維の原料生産は中国のシェアが高いものの、衣料品自体は人件費の上昇を背景にすでに他国への生産シフトが進んでいました。今回の対中制裁関税の引き上げは、この生産シフトの動きをさらに加速させる強力なトリガーとなるに違いありません。日本の化学メーカーにとっても、市場構造の変化を先読みし、新たな需要地やサプライチェーンへの対応を急ぐ必要があると考えられます。
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