2014年9月に86歳でこの世を去った、日本が世界に誇る一人の経済学者が遺した思想が、今改めて注目を集めています。その人の名は宇沢弘文氏です。かつてシカゴ大学で教授を務め、「ノーベル経済学賞に最も近い日本人」とまで称賛された彼が、故郷である鳥取県米子市の人々の心に、消えることのない情熱の火を灯しているのです。
宇沢氏の存在を世に知らしめたのは、1974年に出版された名著『自動車の社会的費用』でした。当時は空前のマイカーブームに沸き、車を所有することが豊かさの象徴とされていた時代です。しかし宇沢氏は、誰もが疑わなかった「経済的合理性」という名の旗印に対し、鋭い視点から疑問を投げかけたことで知られています。
当時の経済学を支えていたのは、かけた費用に対してどれだけの利益が得られるかを測る「コスト・ベネフィット分析」という手法でした。この考え方を当てはめると、土地代の高い豊かな地域を避けて、所得水準の低い地域に道路を通すことが正解となってしまいます。つまり、効率を優先するあまり、立場の弱い人々が犠牲になる構造を肯定していたのです。
「社会的費用」とは、ある経済活動が社会全体に及ぼすマイナスの影響や損失を指す専門用語です。宇沢氏は、効率だけを追い求める姿勢が交通事故や公害を招き、市民の健やかな生活を脅かしている現状を批判しました。この指摘は、当時の読者にとって目から鱗が落ちるような、非常に衝撃的なメッセージとして受け止められたことでしょう。
市場原理主義への決別と「社会的共通資本」という希望
数学者としての類まれな才能を持ちながらも、貧困問題への関心から経済学の道へ進んだ宇沢氏は、米国での輝かしいキャリアを捨てて帰国を選びます。それは、効率や競争を絶対視する「市場原理主義」が席巻する風潮への強い違和感からでした。彼がその後、独自にたどり着いた答えこそが「社会的共通資本」という概念なのです。
この「社会的共通資本」とは、私たちが人間らしい暮らしを営む上で欠かせない、共有の財産を指します。具体的には、豊かな森や川などの「自然環境」、道路や鉄道といった「社会インフラ」、そして教育や医療などの「制度資本」の3つに分類されます。これらは決して金儲けの道具にされるべきではなく、大切に守り育てるべきものだと説かれました。
冷戦が終わってから30年が経過した現在、資本主義は勝利を収めたかに見えましたが、世界には深刻な格差や社会問題が蔓延しています。ネット上でも「豊かさの指標を考え直すべき」「宇沢先生の言葉は今こそ響く」といった共感の声が広がっているのです。私たちは今、行き詰まった資本主義の次にある「ポスト資本主義」の形を必死に模索しています。
2019年12月現在、宇沢氏の故郷・米子市では「よなご宇沢会」のメンバーが、彼の志を継承するために熱心に活動を続けています。一地方都市から始まったこの動きは、真に持続可能な街づくりを考える上での大きな希望となるでしょう。宇沢氏がまいた種は、これからの時代を生きる私たちの手によって、大きな実りをもたらそうとしているのです。
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