日々たくさんの情報に囲まれて忙しく過ごしていると、頭の中がごちゃごちゃになってしまうことはありませんか。そんな現代人にぜひ知ってほしい、心を調律するための素晴らしいアプローチがあります。それは、ノンフィクション作家の堀川惠子さんが40年以上も続けているという「坐禅(ざぜん)」の習慣です。お寺という日常の雑音から切り離された空間で静かに座る時間は、情報過多な現代を生きる私たちにとって、最高の贅沢であり最強のメンタルケアになると言えるでしょう。
堀川さんによると、坐禅の基本は「結跏趺坐(けっかふざ)」と呼ばれるあぐらを組み、目を半開きにして視線を少し先に落とすだけという、いたってシンプルなものです。1回40分を「一柱(いっちゅう)」と呼び、休憩を挟んで2時間ほど行うそうですが、最初の40分はあれこれと邪念や心配事が浮かんできてしまうといいます。しかし、2回目に入ると不思議なほど時間が早く過ぎ、頭を覆っていたモヤが晴れて、まるでサウナの後の水風呂のような爽快感が得られるそうです。
SNS上でもこのエピソードに対して、「頭を空っぽにする時間の大切さがよく分かる」「日々マルチタスクで疲弊しているから、スマホを置いてお寺で座ってみたくなった」といった共感の声が多数寄せられています。仕事のプレッシャーや人間関係に煮詰まったとき、静寂の中で自分の呼吸だけに集中する。これこそが、私たちが忘れてしまいがちな「何もしない時間」の価値を思い出させてくれるのではないでしょうか。
また、堀川さんは執筆活動において重大な決断を迫られたときにも坐禅を活用しているそうです。静かに座ることで、正しい選択を邪魔するプライドや欲望が消えていくといいます。プロとしての責任感の重さについても語られており、小川洋子さんの小説『小箱』の一節「よい本は、作家より長生きするの」という言葉を引き合いに出しながら、自分がコントロールできない未来への責任に向き合うためにも、座る場所を求めているのです。
表現者としての圧倒的な覚悟は、人気ミュージシャンの土屋礼央さんが語る、父親で日本画家の土屋礼一さんのエピソードからも痛烈に伝わってきます。土屋礼一さんは、天皇陛下が即位した際の大変重要な儀式である「大饗(だいきょう)の儀」で屏風絵を披露するという、画家として最高峰の栄誉を手にした人物です。これほどの偉業を成し遂げながらも、お祝いの席で「もっと描きたい気持ちが高まった」と語ったというから驚きを隠せません。
さらに父親の土屋礼一さんは、日本画の神髄について「いかに自然に溶け込むか」であり、今後は「どんどん自分をなくしていきたい」という目標を掲げているそうです。このストイックなまでの向上心に対し、土屋礼央さんは自身の小粒さを実感すると同時に、どこまでも走り続ける父親の背中にかっこよさを感じています。現状に満足することなく、生涯をかけて技術と精神を磨き続けるプロの姿勢には、誰もが深い感銘を受けるはずです。
アーティスト一家として育った土屋礼央さんもまた、その魂を色濃く受け継いでいます。好きな音楽とお金の関係性について、「稼ぐためになると自分の思いからずれてしまう」と考え、かつては家賃に音楽の収入を充てないと決めていた時期もあったそうです。純粋に好きなものと向き合い、作品を追求する姿勢は、ジャンルは違えど堀川さんの言葉に通じるものがあります。
お二人の話から私たちが学べるのは、情報に流されず「本来の自分」に戻れる軸を持つこと、そして自分の仕事に誇りと責任を持つことの大切さです。まずは1日のうち数分だけでも、スマホの電源を切って目を閉じ、自分の呼吸の音に耳を傾けてみてはいかがでしょうか。きっと、これまで見えていなかった大切な何かに気づくきっかけになるはずです。
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