初夢に見ると大変縁起が良いとされる「一富士二鷹三茄子」という言葉を、皆様も一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか。この諺の由来には諸説ありますが、徳川家康が愛した駿河国の名物を並べたという説が有名です。江戸時代には、富士山を神聖視して崇拝する「富士講(ふじこう)」と呼ばれる民間信仰のグループが各地で結成されるほど、人々にとって特別な存在でした。当時の江戸の町からはその雄大な姿を遮るものなく眺めることができたため、庶民にとって富士山は身近で有り難いパワースポットだったのです。
そんな江戸っ子たちの憧れの的であった富士山は、古くから絵画の題材として数多く描かれてきました。特に大衆文化として花開いた浮世絵においては、最も人気のある定番のテーマとして定着していきます。浮世絵とは、江戸時代に発展した木版画や肉筆画のことで、庶民のトレンドや風景を生き生きと描いた現代でいうポスターのようなメディアです。数ある浮世絵の中でも、天才絵師である葛飾北斎が手がけた「冨嶽三十六景」シリーズは、まさに最高傑作として世界中で語り継がれています。
この名作シリーズの中でも、特に形態の美しさを極限までシンプルに表現した作品が「凱風快晴(がいふうかいせい)」でしょう。通称「赤富士」として親しまれているこの作品ですが、「凱風」とは初夏に南から吹き抜ける穏やかなそよ風を意味しています。作中では、雲ひとつない快晴の空のもと、朝日に照らされて赤く染まった富士山が描かれました。無駄を削ぎ落とした簡潔な色彩と、計算し尽くされた明快な輪郭線によって、見る者の心を一瞬で掴む圧倒的な美しさが表現されています。
SNS上でもこの名画に対する熱い視線が注がれており、「究極のミニマリズムを感じるデザインだ」「赤と青のコントラストが現代のグラフィックアートのようで格好良い」といった称賛の声が相次いでいます。葛飾北斎は1830年から1834年ごろにかけてこの大判錦絵(大型の多色摺り木版画)を世に送り出しました。彼はその後も富士山の様々な表情を収めた絵本「富嶽百景」を制作し、最晩年には龍が富士を越えて昇天する「富士越龍図」を描くなど、生涯を通じて富士山というテーマを追い続けたのです。
北斎にとって富士山は、単なる風景ではなく、自身の芸術を極めるための生涯のパートナーだったと言えます。現代のデザインにも通じる洗練された構図は、時空を超えて私たちの心を揺さぶり、新年の引き締まった気持ちに素晴らしい彩りを与えてくれるでしょう。島根県立美術館に所蔵されているこの不朽の名作を眺めながら、江戸の人々が富士山に抱いた畏敬の念と、北斎の情熱に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。今なお色褪せないそのモダンな美学には、驚かされるばかりです。
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